2009年03月22日

本「納棺夫日記」

本「納棺夫日記」

本「納棺夫日記」@青木新門著


3月3日(火)に映画「おくりびと」を観に行っています。
この映画は去年の公開時に一度観てますが、その時ももう一度みたい映画だと
思っていました。
今年になってアカデミー賞を受賞し異例のロングラン公開になったし、改めて
観てしみじみと良い映画だと感じました。

誰もが人生のどこかで、親しい友人や知り合い、家族や親戚など誰かの「死」と
向き合わなければならない。
そして最後は自分自身の「死」とも。
今の私たちはそれをどこかで忘れているような気がしてました。
いや時々気がついているんだろうけれど、気がつかない振りをしているのかも。

この映画のヒットのおかげで「死」と向き合うことは決して暗いことではない、
一般的にこの考えが広がってきたような気がします。
これはいいことだと思います。

映画を観たことで原作となった青木新門さんの書かれた「納棺夫日記」を読んで
みたくなりました。

青木さんは実際に納棺夫の仕事をされている(いた?)方です。
この仕事をすることになったきっかけは、故郷の富山で始めたパブ喫茶の経営がうまくいかず
倒産したことだったようです。
多額の負債もかかえたその頃、奥さんに子どもが生まれミルク代にも困り、新聞で
見かけた冠婚葬祭互助会の求人に仕事の内容も分からず面接に行ったのだそうです。
そして納棺夫となった。

こちらの期待に反して納棺夫としての日記部分は、本の三分の一程度です。
でもその中には映画のエピソードの元になったと思われる部分はたくさんありました。

たとえば映画では火葬場の社員が死人を送り出すときに独り言のように「(あの世で)また会おうの」と言っています。
この言葉は実際は末期医療の現場で「がんばって」と言われると苦しそうな表情をする末期ガンの患者に、
医師が痛み止めの注射をした後「私も後から旅立ちますから」と言ったら患者の表情が穏やかになった、
という話から作られたようです。

病気と向き合っている患者に「がんばって」という言葉ほど無責任なものは
ないと私は感じてます。
もちろん言う方は相手を励ますつもりで言ってるのは分かるのですが・・・。
私自身も以前、乳ガンの治療を受けました。
「がんばって」といわれると手術、その後の放射線治療、薬物治療(私の場合薬治療は術後2年間続きました)と
延々と治療が続く日々、以前と変わってしまった自分の体と向き合っているだけで情けなくて精一杯なのに
これ以上何をどうがんばれっていうの?と、思ったくらいでしたから。
ガン(ガンに限らず)患者は周囲が思っている以上に気弱になっているのです。

「私も後から旅立ちますから」なんて簡単に言える言葉ではないです。
そもそも簡単に浮かんでくる言葉でもない。
相手を心底思いやって無ければ出てこない言葉だと思いました。

そして青木さんも最初から納棺夫の仕事をほこりを持ってやっていたわけではない
ことが書かれています。
汚れた仕事をしているとさげすまれてるのを感じ、世間の見方を変えたければ
自分が変わらなければと、身だしなみを整え、礼儀礼節にも心がけ自信を持って
堂々と真摯な態度で納棺夫の仕事をするようにしたそうです。
つまり納棺夫に徹した。
そうすると周囲の態度も変わってきたそうです。
とある家庭の葬儀で納棺を済ませたらそれを見ていたおばあさんから、自分が
死んだら「先生(青木さん)」に納棺してほしいといわば「指名予約」されたんだそうです。
自分が変われば周囲が見る目も変わる、これほどはっきりとわかるエピソードはありません。

本は、日記の他は「死」「命」についての哲学的な話が続き私には少々読みづらい
ですが、こちらの方がおもしろいと感じる方も少なくないようです。

映画を観て感動した方は、ご一読をお勧めしたいです。
posted by みどり at 21:18| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月17日

小説「容疑者Xの献身」

小説「容疑者Xの献身」


小説「容疑者Xの献身」@東野圭吾著


映画「容疑者Xの献身」を見て初めて作家東野圭吾さんの事をしりました。
映画がとてもおもしろかったので、私にしては珍しくすぐに原作本を手にして読んで
しまいました。

原作本もとてもおもしろかったです。物理学者・湯川学を主人公にした「ガリレオ」
シリーズの1編として書かれた物だそうですが、私はシリーズの他のエピソード
を全く知りません。
それでもこの「容疑者Xの献身」はとてもおもしろかったです。
直木賞受賞作品だと言うのも納得です。

内容については映画と同じなので紹介はここでは省かせていただきます。
映画の感想はこちらにまとめています。

映画はこの原作小説を忠実に映画化してると言うことがよく分かりました。
映画では物語の舞台となる場所を視覚化する必要から、原作では曖昧とした場所も
はっきりと場所を特定して見せていることもわかりました。
墨田川、そこにかかる清澄橋、新大橋、数学教師の石神が毎日のように通う弁当屋
の近くの浜町公園、ラストシーンでバッチリ映っていた某企業の建物。
私は以前このあたりで働いていたことがあるので、映画で風景が映ると場所がすぐ
分かるところが多く、それが映画の内容とは別にとてもおもしろかったのです。
ラストシーンでうつる隅田川沿いの建物などかつての勤務会社でしたから。

原作の感想からちょっと外れてしまいましたね。
原作はやはり、前の夫を殺害してしまった靖子と、彼女に思いを寄せるアパートの
隣の部屋の石神の心の様子がとてもきめ細かく描かれていました。
映画の方は石神に重点を置いて描き、靖子のことはやや省略気味であると
分かりましたが、映画としてはこれは正解だったと思います。
いちいち描いていたら映画としての展開がもたついてしまいます。
映画で、湯川と石神に焦点を絞っているのはうまい脚本だと思います。
ただラストで靖子がついに告白するにいたる心理はやや弱い感じがしました。
原作では納得できるようなエピソードが描かれているのですが、映画では略しているからです。
ネタバレになるのであまり詳しく描けませんが、靖子の娘にかんすることです。

それでも思いを素直に伝えられない一人の男性の姿と、ラストシーンにはやはり
泣いてしまいました。

原作・映画、ともに話題になった「容疑者Xの献身」ですが来年春には演劇集団
キャラメルボックスが舞台化するそうで、これもまた楽しみです。
posted by みどり at 10:56| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月22日

絵本「なんでもの木」

絵本「なんでもの木」


絵本「なんでもの木」@佼成社出版
作・絵:利渉重雄(りしょうしげお)
1980年出版

長いこと探していた絵本をようやく入手しました。
初めて見たのはもう20年くらい前、地元の図書館でした。
それ以後、その図書館へ行くたびにこの本を見るのが楽しみでしたが、いつの間にか
その本が無くなっていました。
古くなったので処分してしまったようです。
その後、書店へ行っても見あたらないし、最近になってネットで検索しても出てこない。
出版元のサイトで検索してもヒットしないので絶版になってるらしい、とだけは分かりました。

なかばあきらめていたのですが、数日前ふと思い出してアマゾンで検索してみると
マーケットプレイスで古書として出てきたではありませんか。
もちろん早速注文して、月曜日に手元に届きました。
これこれ。これです、探していたのは!

「なんでもの木」は全く言葉のない絵本です。

最初のページには鳥たちが住んでいる大きな大木が描かれています。
次のページにはその木が大きな象の背から生えている絵が。
次のページには背中から木の生えた象が、大海を泳いでいるカメの甲羅の上に乗ってる絵が。
次のページには、カメのいる大海が実はいくつもある大きな貯水槽みたいな物の一つだという絵が。
・・・という具合にどんどんズームアウトしていきます。
後半は大宇宙を思わす空間が見えてくる、その雄大さ。
その後はどうなるんだろう?とワクワクしてページをめくると、その宇宙は引き出しの
中にあることが分かります。
引き出しの中の大宇宙。なんだかうれしくなります。なりませんか?

最後のページで、その引き出しがあるのは最初のページにあったのと同じ、あるいは
同じように見える大木の幹の部分である事が分かります。
絵、そのものは黒の描線のみのごくシンプルなものです。
前のページでアップになっていた部分が、次のページではズームアウトしてるので、
その部分がすぐわかるようにスポットライトが当たったようになっています。


この絵本を観てると、まるでメビウスの帯のような、クラインの壺のような、
一見最初と最後がいつの間にかリンクしているよな、いやそう見えたけれど実は表と思って
いたのがいつのまにか裏になっていたような、うまくいえないのですがそんな不思議さを感じます。
無限に広がっていくような空間が、実は私のすぐそばにもあるのかも知れない。
ポケットの中や、目の前のドアの向こうに、自分の想像を絶する世界があるのかも
しれない。
この本は、何度見ても新鮮です。
今も観るたびに想像力が刺激されます。


posted by みどり at 02:21| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上・下

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」


「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上・下
J.K.ローリング:著  松岡祐子:訳   静山社:発行


第1作目「ハリー・ポッターと賢者の石」
第2作目「ハリー・ポッターと秘密の部屋」
第3作目「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」
第4作目「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」
第5作目「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」
と続いてきたハリー・ポッターシリーズの第6作目、読み終えたところです。
映画はすでに5作目が去年の夏に公開されましたね。

この物語は7作で完結だそうです。
(原作はすでに最終章が出版されています。日本語訳は今年発売予定)
回を追うごとに作品世界の雰囲気が暗く陰湿になっているので、あまりすきになれず、
今のところこの作品に特別な思い入れがないので、買わずに図書館で借りて読む
だけで済ませています。
2007年8月にシリーズ5作目の映画化作品を見てから図書館へ予約を入れましたが
約四ヶ月後の12月、ようやく私に順番が回ってきました。
(発売されたのは2006年5月です)


<ごく簡単に内容のご紹介です>
ダーズリー家のハリーのもとに魔王学校の校長のダンブルドアがやって来ます。
16歳のハリーははれて魔法学校の6年生に。
友人のロンとハーマイオニーは仲違い。それぞれ、恋人ができて互いに当てつけ
のようにあからさまにお付き合いをする始末。
ハリーも前作でつきあっていた女の子とは別れて、いまはロンの妹ジニーが気になります。
ダンブルドアの個人教授をうけるようになるハリー。これによって宿敵ヴォルデモードの
正体と過去がだんだんと明らかになっていきます。
「魔法薬学」を受講することにもなり、最初の授業で教科書を持っていなかったハリーは、
教室にあった古い教科書を使わせてもらうことになります。
この本にはかつての持ち主がいろいろな書き込みをしていて、これがとても参考になり
ハリーはこの本が手放せなくなります。
本の持ち主は「半純血のプリンス」と署名している。
「半純血プリンス」とは何者なのか?
ドラコ・マルフォイは毎日のように不可解な動きをしている。彼はどうやらヴォルデモードからある使命を受けたらしい。
ドラコ・マルフォイとハリーが対決せざるを得なくなったとき、ハリーはあの教科書に
「敵に対して」使うらしい呪文を思わず使ってしまいます。
刀で切られたように血しぶきをあげて倒れるマルフォイ。
スネイプ先生が駆けつけマルフォイを助け、事なきを得ます。
ダンブルドアとハリーはヴォルデモードが自分の魂を分割して隠したらしい、
その一つを探しに行く危険な旅に出ますが・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




原作者はこの6作目を書くのに、てこずったのではないのかという感じがしました。
話の展開がそれまでに比べると、あまりスムースで無い感じがするからです。

ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人のティーンエイジャーのそれぞれの恋もようも
おもしろいですが、10代の若者が人前での抱擁やキスなど日本では考えられないから
このあたりはやはりイギリスらしさを感じます(原作者はイギリスの方なので)

シリーズ6作目のラストで思いがけない人物が亡くなります。
果たして本当に亡くなったのかどうか、もしかして7作目の復活するのではないか
とさえ思ってしまいます。
そしてこの6作目の一番の魅力的なのは「半純血のプリンス」が誰なのか?だと
思いますがその正体はラストで明らかになります。
その正体は私もちょっとびっくりでした。
(ネタバレになるから、これから読む方のためにあえて書きません)

私は主人公ハリーより、謎を秘めたスネイプ先生の方が好きなくらいです。
6作目になってもスネイプ先生が、ハリーにとって敵なのか味方なのがわかりません。
この先、物語がどういう展開をするのかハリーの行く末より、スネイプ先生の正体のほうが
とてもとても気になります。
ヴォルデモード対ハリーというより、スネイプ対ハリーになりそうでこちらの物語の
ほうが私も興味があります。

ネット上を検索すれば、最終章の事をしっかりネタばれで書いてる方もいますが、私はあえて
それは見ないで後々のお楽しみにしておきます。
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2007年12月27日

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」到着!

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」




今年の夏に映画「ハリー・ポッター」シリーズの第5作目「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」
が公開されましたが、映画館で観てからすぐ職場近くの図書館で6作目の原作小説の
予約をしておきました。
もちろん5作目まではすでに読んでいます。

待つこと約4ヶ月、ようやく私のところに上下巻2冊回ってきました。
借りられるのは2週間なので、正月休みに当たってちょうどよかったです。
楽しみ、楽しみ(^^)

原書の第7作目最終巻はすでに発売されていて、日本語訳は来年7月にでるそうでこちらも
楽しみですね。
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2006年08月05日

小説「ダ・ヴィンチ・コード」

小説「ダ・ヴィンチ・コード」文庫本三冊
 
6月に読んだ本ですが簡単に感想を書いておきます。

映画を観てから原作を読みました。
映画と小説では描こうとしてる視点にズレを感じました。

暗号学者と暗号解読の専門家を追う「色素欠乏症の男」に魅力を感じました。
映画では化け物のようにしか見えなかったのですが、原作では彼にとても
感情移入できました。
彼の中では、とても純粋な思いで行動していた訳ですから。
映画は観ていても、誰に感情移入したらいいの?という感じでした。
原作で彼が死んでしまうシーンは、とても哀れを感じました。

ありとあらゆる知識を駆使した、ジグゾーパズルのような謎解きの話。
原作では、作者のこれでもか!という勢いを感じましたが、某集団が秘密保持の
為とはいえ何でここまで面倒な手続き踏ませるのか、と感じたのも確かです。



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2005年08月17日

ダンテ・アリギエリ著:「神曲」

ダンテ・アリギエリ著:「神曲」
  挿絵:ギュスターヴ・ドレ 訳・構成:谷口江里也
  発行:(株)アルケミア 発売:(株)九鬼   

今、自宅の引っ越しを考えています。気持ちは固まってたきたのですが、まだ引っ越し
業者に連絡もしてないし。引っ越しと言っても離れていた実家へ帰ることなのです。
自分のことですが、さてどうなるか。

本題です。
放送大学の試験終了後、無性に物語が読みたくなりました。
試験前は「幾何入門」のテキストと毎日にらめっこ状態だったので、どんな難しくても
日本語で書いてある「物語」なら何でもいい、と言う気分になってたのでさっそく職場
近くの図書館へ。

目に付いたこの本を借りできました。
「神曲」と言ったら「世界の名作」ではありませんか。
でも読んだことないし、パラパラ見るときれいな挿絵もたっぷり。
その時の「読みたい気持ち」にはぴったりでした。
縦約25センチX横約18,5センチX厚さ約3,5センチの大型の豪華本です。

約700年前のイタリア。
政治・宗教・諸派諸党の激しい抗争があり、その中でフィレンツェの街を永久追放
されたダンテ(1265−1321)。
これはそのダンテが見た不思議な物語、と言う形をとり地獄編、煉獄編、天国編の
3部構成になっています。平たく言うと、ダンテの地獄巡りの物語。
そして天上で彼の最愛の人、25歳で死んだベアトリーチェとの10年ぶりの再会が
描かれています。

<あらすじ>
地獄編。
旅の途中のダンテ。気がつくとそこは暗く深い森の中。
ローマ時代最大の詩人であるヴィルギリウスと出会うダンテ。
ヴィルギリウスはダンテを死後の世界に連れてゆくという。
彼を師(マエストロ)と仰ぐダンテは、彼の後について行きます。
川の向こうをわたると、そこはもう地獄。
地獄は、地上で罪を犯した者がいつまでもそれ相応の罰をうける世界。
黒い風にいつまでも吹き飛ばされる亡霊達。自ら命を絶った者が枯れ木にされている。
聖職者にありながら、金儲けに走った者が頭を下に埋められ足に火をともされていたり。
おぞましく、救いのない世界。

煉獄編。
二人は地獄の最下層から地上へ。海が広がる彼方には今まさに太陽が昇ろうとしてる。
「煉獄の山」に登る人を運ぶ舟に二人も乗ります。
ついた所はいわば煉獄前地。罪を犯しても、その罪を悔いた者が行く世界。
亡霊達は煉獄の、罪を浄めるため山の中原の高台にある道への入り口である門を求め、
自分で道を捜さなければならない。
高慢、うぬぼれを持っていた人が、その罪を清めるための思い石を担いでいたり、嫉妬の
罪を浄めるため、その目を閉じていたり。(まぶたは針金で縫いつけられている)
目の前に現れた天使に言われるまま、ヴィルギリウスとダンテは炎のなかへ。
気がつくと、花が咲き、清らかな川が流れる場にいる二人。

天国編。
10年前に死んだ恋人ベアトリーチェとの再会。
すでにヴィルギリウスの姿はなく、光りに包まれさらに天上へと向かうダンテとベアトリーチェ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

予想に反して、とても読みやすかったです。
訳者のあとがきに「ダンテの本質的な遺志と、作品を古典として成立させている生命力の
エッセンスのようなものを、快く今に伝えることを願い、あえて抄訳、意訳を試みた。」と
あるのでそのせいなのかもしれません。

キリスト教世界の事にうとい私は、今まで煉獄と地獄は同じものだと思っていました。
違うのですね、はじめて知りました。
(自分が仏教徒と言う意識は持ってないけど、家のお寺は浄土真宗です)
地獄は罪を犯した者が、罰を受けるところであり、煉獄は罪を悔い改めた者が天国へ
行くために修行してる場、と言う感じのようです。

本書は、全ページ右ページに文章、左ページにイラスト、と言う構成になっています。
ギュスターヴ・ドレ(1832−1883)と言う画家、たぶん今回初めて知った人です。
手法は版画ですがとても美しいイラストです。
ダンテが文で描き出してる世界のほとんどを視覚化しています。
地獄の世界のおぞましいこと。しかしギュスターヴ・ドレの絵は、醜悪な世界を描いて
いてもなぜか気品があるのです。そして天国の世界の美しさは格別です。
手元に置いておきたくなる本でした。
このギュスターヴ・ドレ版は1861年に出版され、当時爆発的な反響を呼んだそうです。

ベアトリーチェはダンテにとって美と智の女神にも値する女性だったようです。
永久の恋人、ベアトリーチェ。
文章は約700年も前に書かれたものなのに、全く古さを感じません。
「愛」「希望」「悲しみ」「怒り」そして「真理」といったことは、どんな時代であっても変わる
ことはないのですから、当然なのかもしれません。
地獄のおぞましさを経ての、天国での恋人達の再会には涙が出そうになりました。
薄っぺらな言い方しかできないのがくやしいのですが、ラストの壮大さと美しさには
圧倒されました。

posted by みどり at 01:15| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月06日

松尾スズキ:著「ギリギリデイズ」 

「ギリギリデイズ」
  松尾スズキ:著  発行:文藝春秋・文春文庫

放送大学の試験が目の前の時、勉強の合間につい息抜きに・・・・と、言い訳しつつ
読破してしまったのがこの本「ギリギリデイズ」。
私が芝居好きなのをしってる知人が「これおもしろいよ」とわざわざ送ってくれました。

劇作家で演出家、俳優までこなす松尾スズキさん。
本書は1999年から2001年にかけて松尾さんが主宰する劇団「大人計画」のホーム
ページ上で公開されていた日記「酔って書かない夜はない」に大幅に加筆修正を加えた
もの・・・・だ、そうです。
松尾さんが本気で酔っぱらいながら書いた物だそうです。

松尾スズキさん、なんて忙しい人なんだろうか。
依頼された芝居で役者として出演して、自分の芝居の脚本書いて、演劇教室の講師を
して、複数の雑誌の原稿書いていていつも何かの締め切りに追われる日々。
まったく休み無し。
締め切りに追われてると愚痴を書いても、全部ちゃんと書いて仕事をこなしているんだ
からすごい。(締め切りを守っているかどうかは不明)


今読んで興味深いのは、この夏再演された「キレイ」の初演版の脚本が書き上がって
ゆく様子が分かることです。最初のタイトルは「ケガレ」だったそうな。
ケガレは主人公の女の子の名前です。
半年がかりで書き上げてます。

ネット上で駄文を書き散らしてる私が「ごもっともで」と思った文もありました。
せっかくなので長くなりますがその部分を、そのまま引用しましょう。

「俺のネット批判は『松尾さんらしくない』なんつうメールが届く。
あーあ。がっかりだな。この子。
基本的に俺のファンの子なんだけど、文章がブスなんです。
こうゆう距離感のない言葉遣いがネットで文章を公開する奴特有の『不細工さ』だと
思う。俺と会話がしたいなら『分析』しようとするなよ。
『分析』しようとするなら、その分析で金が取れるくらいのクオリティーで書きなさいよ、
と思う。
リスクのない場所での議論に、少なくとも俺には興味がないし。
なあ、もうよう。頭のいいふりしたい奴ら、さあ、名前をあかそうぜ。顔出そうぜ。
その文で金取ろうぜ。有名になろうぜ。でなきゃ、その文はカラオケと一緒でしょ。
他人に聞かせるな。うざい。だから、もう、文章ブスは謙虚に生きようよ。
ほめてりゃいいよ。ほめは大歓迎よ。でも自己主張するな。
批判するな。したきゃ、なつくな。視界に入るな。
入らないところで情報交換なりオフ会なり好きにやってちょうだい。
かわいきゃ、また話は別。つうのがこっちの本音。
まあ、少なくとも俺の文章の中ではこの日記もかなり支離滅裂だけど、これにだって
出版依頼は来てるのよ、悪いけど。そこに差があるんだから。厳然と。
俺に意見は十年早い。
こめん、最近攻撃的で。
これよ。このすぐ反省する姿勢が次のクオリティ−を生むのよ。」

と、まあかなり攻撃的ですが酔っぱらいながら書いてるそうですし、内容そのものは
けして間違ってはいないと思うのです。
たとえばブログやHP、掲示板で映画・演劇などの自分の意見・感想を書くなら、
自分の書いた物に責任を持つ。これが書く人間にとって最低限のマナー。
責任を持つというのは、どんな第三者に見られても良いつもりで書くと言うこと。

書き手としてプロとアマの違い、小さいようでかなり大きい。
その「違い」がよくわからない私は、これって、きっとかなり恥ずかしいことだな
と思いながらこのブログを書いています。


「ギリギリデイズ」の最後で、松尾さんの原作を漫画化している河合克夫さんの
HP上で、松尾スズキを名乗る人物が現れて、河合さんを馬鹿にする書き込みが
されちょっとした事件に発展したことが紹介されています。
変な書き込みをしたのは、本物松尾スズキなのか、ニセ松尾スズキなのか?
事の顛末が紹介されているので、知りたい方は是非ご一読を!

posted by みどり at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月24日

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」上・下
  J.K.ローリング:著  松岡祐子:訳   静山社:発行
  定価:上下巻セット 4000円+税

第1作目「ハリー・ポッターと賢者の石」
第2作目「ハリー・ポッターと秘密の部屋」
第3作目「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」
第4作目「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」
と続いてきたハリー・ポッターシリーズの第5作目、読み終えたところです。

第7作で完結予定だそうです。
今回まずその量にびっくりです。約700ページの本が2冊なのですから。
好きなシリーズですが今のところはトールキン著「指輪物語」ほど思い入れがない
ので買わずに図書館で借りて読むだけで済ませてます。
2004年の9月の発売、その後すぐ図書館へ予約を入れましたが半年後の2005年
3月、ようやく私に順番が回ってきました。
上下別々に予約を入れてたのですが、私の前の人が2冊同時に返却したため2冊を
2週間で読まねばならなくなりあわてました。

<ごく簡単に内容のご紹介です>
15歳のハリーは魔法学校の5年生になります。
新学期、友人のロンとハーマイオニーは名誉ある監督生になりますが、ついこの前
活躍したはずのハリーには何もなし。
前作でハリーが3大魔法学校対抗試合で「闇の帝王・ヴォルデモード」と勇敢に対決
した事件は、夏休みのあいだに広まったうわさ話では彼をあざ笑うネタになっていた。
魔法学校校長のダンブルドアまでが、ヴォルデモードがよみがえったという恐ろしい
真実を公式に認めようとしない魔法省の取り調べを受けることになる。

第5作では新しいキャラクター、ドロレス・アンブリッジが登場。
ハリーにじわじわと打撃を与えてゆきます。
5年生はO.W.L.(普通魔法レベル)の試験をひかえ毎日勉強で大忙し。
ハリーの初恋の行方。ハグリッドの秘密。ひたいの傷あとの痛み。
ハリーの心は安まらない

ヴォルデモードはハリーの意識に入り込めると気づく。
それを知ったダンブルドアの指示でハリーは、彼にとって敵にも匹敵するスネイプ先生
から「閉心術」の個人教授を受けなけねばならなくなる。
そしてある日ハリーはスネイプ先生とハリーの父、との秘密を知ってしまうのでした。
身を隠していたハリーの名付け親シリウスの窮地を知り、駆けつけるハリー。
「死喰い人」とハリー達との対決がはじまり、ハリーの秘密、ダンブルドアの秘密が
あかされることになります。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

15歳のハリーは少年から青年になりかけたところで、第5作目の物語が終わった
ような感じになっています。
このシリーズは回を追うごとに内容が暗く重くなってくるようです。
話の軸になってるのが「闇の帝王」との対決なのですからやむを得ないのでしょう。
5作目のラストもほろ苦い思いを残し、パッピーエンドではありません。

ハリーの友人ロン、ハーマイオニー達の描写は生き生きしていて読んでいると彼ら
と一緒にいるような感じさえします。
その一方でローリングの描き方は大人達の描写になると、型にはまった単純な
描写になるのが気になります。
初登場のアンブリッジがまさにそうで、典型的な気色悪い人物として描かれています。

このシリーズを読んでいて一番気になる人物はもちろんハリー・ポッターですが
2番目に気になるのは私にとってはスネイプ先生です。
私はこういう屈折したキャラクターが大好きです(^^ゞ
この人物はもっと魅力的なキャラのはずなのに・・・と、思っていましたが5作目で
彼の過去の一部があかされてようやく魅力が増した気がします。

6,7作目はどういう展開になるんでしょうね。興味と心配が半々です。

posted by みどり at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする