2005年02月12日

「サー・ガウェインと緑の騎士」

ガウェイン

一冊読み終わりました。
「サー・ガウェインと緑の騎士、 トールキンのアーサー王物語」です。
    発行:原書房  著者:J.J.R.トールキン  訳者:山本史郎
    定価:本体1600円+税 

映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作「指輪物語」の作者トールキン。
本書はイギリスで中世に書かれた物語、つまり古い英語で書かれた物語を
トールキンが現代英語に訳したものです。
当然ながら私が読んだのはこれをさらに日本語に翻訳したものです。
こうなると中世の原書の、注釈の注釈を読んでるような感じだなと思いました。
トールキンの息吹にどれだけ触れてることになるのか・・・・と。

本書の帯の「トールキンがこよなく愛した物語が端麗な日本語で蘇る・
井辻朱美」と書かれた文をみると読んでみたくなり、読破しました。
しかしこの帯、ちょっとずるい。これを見ると翻訳したのが井辻朱美氏のように
見えるではないですか。単純な私のような人間がこうやって引っかかるわけです。
この方、トールキン関係の本の翻訳が多い方ですね。

本書の内容構成です。
「サー・ガウェインと緑の騎士」「真珠」「サー・オルフェオ」「ガウェインの別れの歌」そして「本書について」と題された本書を編集したトールキンの息子さんの
クリストファー・トールキンの解説。
「解題」と題されたJ.R.R.トールキンによる解説が収められています。

「サー・ガウェインと緑の騎士」「真珠」の原典は現在、大英博物館に納められてる
同一の写本に書かれているそうです。

以下、簡単に内容紹介と感想です。感想というより散文になってしまいました。


☆「サー・ガウェインと緑の騎士」(しっかり物語になってるのでネタバレはしません)
アーサー王がいた時代。新年の祝いの広間へ突然恐ろしい姿の大男が現れる。
身にまとってる物も、体そのものも、乗ってる馬までが総て緑色。緑の騎士。
彼は争いに来たのではない、だたの「お遊び」だといってこの自分を斧で一撃しろ
と言う。
そのお返しとして、一年後おなじ一撃をその相手におみまいしようと言う。
無礼な態度に怒ったアーサー王は斧をとるが、止めたのはガウェイン。

ガウェインが斧を振り下ろすと緑の騎士の首は体から離れ、ごろごろと転がって
ゆくが、首なし男はしっかりと歩いて首を拾う。
手から下げられた首はガウェインに一年後「緑の礼拝堂」へ来るように、と言って
騎士は馬に乗って去ってゆく。

約束の期日が迫ってくる頃、ガウェインは約束を果たすべく出発。
しかし「緑の礼拝堂」はどこなのかわからない。
あてどない旅の途中で宿を請うた城で、ガウェインは思いがけない歓待を受ける。
言われるままに長逗留するガウェイン。
ある日、城の主人が狩りに出かけるという。主人は自分が狩りで手に入れた物と、
自分の留守中ガウェインが城で手に入れた物を交換しようと約束させる。
主人の留守中、あろう事か奥方様がガウェインにしつこく言い寄ってくるでは
ないですか・・・・。

帰ってきた主人にガウェインは「何」を返すのか。「緑の礼拝堂」はどこなのか。
緑の騎士との約束ははたされるのか・・・・・。

<感想>
首なしの緑の騎士が、自分の首をもってる姿がありありと目の前に浮かんで
きました。恐い物見たさというんでしょう、このあたりの描写が興味を引きました。
城の主人との「交換」の約束と、ガウェインが主人に返す「物」もおもしろいです。
もしも、現代の作家ならこんな粋なやりとりが書けるかなと思いました。
ガウェインという人物の描写が生き生きとしてると思いました。

☆「真珠」 The Pearl
大切な真珠を庭園でなくしてしまったと、語る「私」。
地へと落ち、今は地中にある真珠。「私」は導かれるように美しい森を歩いてゆく。

川の向こう岸に美しい乙女がいるのを見つける。
年格好こそ違うが、この乙女こそ「私」の「真珠」だと確信する。
「私」と暮らして二年と立たずに逝ってしまった幼い「真珠」が今こちらの世界では
主の花嫁になったのだという。
乙女のそばへ行きたくてたまらない「私」は不満を漏らすが、乙女はそれを
とがめる。
いつまでも嘆き続けても慰めとはならない、必要なのは神様におすがりすること。
そうすればあなたの祈りに、神様は哀れに思し召しになり慈悲の神が腕を広げて
抱いてくださるでしょう、と。

しかし「私」はどうしても乙女のそばへ行きたい。
あせる思いで川を渡ろうとしたとたん、「私」はあの庭で目覚める。
「真珠」を地に落としてなくした塚に、頭をのせて寝ている姿で・・・。

(感想)
イギリスではよく知られた話だ、と言うことを以前から聞いてたのでどんな話なの
だろうと思ってました。原典は詩の形で書かれてるそうです。
読み進んでゆくうちに「真珠」と言ってるのが、幼くして死んだ我が子の事を言ってる
のだと気が付きました。
作者が本当に自分の娘を亡くして、その気持ちを慰めるために書いたもののように
も、あくまでもフィクションとして父と死んだ娘とのやりとりの形を借りて、キリスト教
の教義についての教えを説いてるようにもみえます。
白い衣をまとった乙女の姿の描写が、とても美しく見えてきます。

関係あるのか、無いのか全くわかりませんがイギリスのミュージシャン、
ブライアン・イーノ(BURIAN ENO)と、ハロルド・バット(HAROLD BUDD)
のCDに the Pearl という作品があります。
とても静かで美しい曲ばかり納められていて、私など就寝前のお休みミュージック
(・・・という言い方でわかりますか?)に最適だと思って実際そうしてます。
ヒーリング、癒し系音楽。
部屋の明かりを消して目を閉じれば、早朝の広々とした湖の上にハロルド・バットの
ピアノの音が静かに広がってゆく・・・・そんな感じがします。
だいぶ話がそれました。

☆「サー・オルフェオ」
竪琴の名人オルフェオ王。王妃の名はエウロディス。
ある日エウロディスは異世界の王にさらわれてしまう。嘆き悲しむオルフェオ。
彼は国のことは執政に任せ自らは物乞いの姿になって、国を出て荒野をさまよう。
そして十年後、ついに王妃をさらっていった王の眼前で竪琴を奏でる機会を得る。
オルフェオの演奏に感激した王は何でも望みの物をとらすと、約束する。
ついに王妃を取り戻すオルフェオ。
オルフェオは自分の国に帰るが、執政の心を試すため乞食の姿のまま現れて
王は死んだと知らせる。
嘆き悲しむ執政見て彼の忠誠を確信し、正体を明かす。
オルフェオとエウロディスはこうして国に戻り、二人が亡くなった後は執政が
王になったのでした。

(感想)
この物語の写本が3冊あるそうです。部分的に欠けてるところもあったりで
3冊とも全く同じ内容ではないそうですが、トールキンはそれぞれから足りない部分
を取り出し補って、一本のわかりやすい形にしたもののようです。

冥界に行った妻を取り戻しに行く物語。世界中にあるようですね。
ギリシャ神話版も日本版も最後の最後で、妻を取り戻せないのにこちらは
二人ともちゃんと戻ってきて幸せに暮らした、となってるのがおもしろいです。
オルフェ

ギリシャ神話版をもとにフランス人のジャン・コクトーが「オルフェ」という
幻想的でとても美しい映画をつくっています。
1949年制作の古典ですが数ある映画の中でも、私がもっとも好きな映画です。

☆「ガウェインの別れの歌」
ある人物が、これから旅立つようで周囲の人々に別れを告げてるようすが
詩の形で描かれています。

(感想)
中世に書かれた詩をトールキンが現代語に翻訳した物ですが、原典にはタイトルは
付いてないようでこのタイトルはトールキンが原稿に書き込んでいた物だそうです。
単純に旅に発つと言うより、二度と戻れない旅に出るので感謝を込めた
最後のお別れをしてるように見えます。


この本を読み終わって思ったのは、「指輪物語」を翻訳された瀬田貞二さんの訳で
読みたかった!と言うことでした。
「指輪物語」を読み出した当初は、なんか堅苦しい日本語だなと思ったのですが
読み進めてゆくうちにとても優雅かつ風雅、きれいな日本語だと感じるように
なってました。
瀬田さんはもうお亡くなりになってるのでこの望みは永久に無理。残念です。


ところで、今までは映画・演劇を観に行って、感想を書いて投稿した後、実際に
観に行った日に記事を移動してました。
「ミョーなことにこだわってるなー」と、思われるでしょうがなんだかそうしないと
おちつかなったのです。昔、手帳に観てきた感想を書きとめていたその感覚が
そのまま尾を引いてたようです。
2月になってからほぼ連日記事を書いて、カレンダーにきれいに色が付いて
きてたのに移動してしまうと、歯が抜けたようになってもったいないと初めて気が
付きました。最近は記事を書くこと自体楽しみになってきてたし、見に来てくださった
方へのアピールも含め今後は投稿した日時のままにしておくことにします(^^ゞ






posted by みどり at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 指輪物語周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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