2009年03月22日

本「納棺夫日記」

本「納棺夫日記」

本「納棺夫日記」@青木新門著


3月3日(火)に映画「おくりびと」を観に行っています。
この映画は去年の公開時に一度観てますが、その時ももう一度みたい映画だと
思っていました。
今年になってアカデミー賞を受賞し異例のロングラン公開になったし、改めて
観てしみじみと良い映画だと感じました。

誰もが人生のどこかで、親しい友人や知り合い、家族や親戚など誰かの「死」と
向き合わなければならない。
そして最後は自分自身の「死」とも。
今の私たちはそれをどこかで忘れているような気がしてました。
いや時々気がついているんだろうけれど、気がつかない振りをしているのかも。

この映画のヒットのおかげで「死」と向き合うことは決して暗いことではない、
一般的にこの考えが広がってきたような気がします。
これはいいことだと思います。

映画を観たことで原作となった青木新門さんの書かれた「納棺夫日記」を読んで
みたくなりました。

青木さんは実際に納棺夫の仕事をされている(いた?)方です。
この仕事をすることになったきっかけは、故郷の富山で始めたパブ喫茶の経営がうまくいかず
倒産したことだったようです。
多額の負債もかかえたその頃、奥さんに子どもが生まれミルク代にも困り、新聞で
見かけた冠婚葬祭互助会の求人に仕事の内容も分からず面接に行ったのだそうです。
そして納棺夫となった。

こちらの期待に反して納棺夫としての日記部分は、本の三分の一程度です。
でもその中には映画のエピソードの元になったと思われる部分はたくさんありました。

たとえば映画では火葬場の社員が死人を送り出すときに独り言のように「(あの世で)また会おうの」と言っています。
この言葉は実際は末期医療の現場で「がんばって」と言われると苦しそうな表情をする末期ガンの患者に、
医師が痛み止めの注射をした後「私も後から旅立ちますから」と言ったら患者の表情が穏やかになった、
という話から作られたようです。

病気と向き合っている患者に「がんばって」という言葉ほど無責任なものは
ないと私は感じてます。
もちろん言う方は相手を励ますつもりで言ってるのは分かるのですが・・・。
私自身も以前、乳ガンの治療を受けました。
「がんばって」といわれると手術、その後の放射線治療、薬物治療(私の場合薬治療は術後2年間続きました)と
延々と治療が続く日々、以前と変わってしまった自分の体と向き合っているだけで情けなくて精一杯なのに
これ以上何をどうがんばれっていうの?と、思ったくらいでしたから。
ガン(ガンに限らず)患者は周囲が思っている以上に気弱になっているのです。

「私も後から旅立ちますから」なんて簡単に言える言葉ではないです。
そもそも簡単に浮かんでくる言葉でもない。
相手を心底思いやって無ければ出てこない言葉だと思いました。

そして青木さんも最初から納棺夫の仕事をほこりを持ってやっていたわけではない
ことが書かれています。
汚れた仕事をしているとさげすまれてるのを感じ、世間の見方を変えたければ
自分が変わらなければと、身だしなみを整え、礼儀礼節にも心がけ自信を持って
堂々と真摯な態度で納棺夫の仕事をするようにしたそうです。
つまり納棺夫に徹した。
そうすると周囲の態度も変わってきたそうです。
とある家庭の葬儀で納棺を済ませたらそれを見ていたおばあさんから、自分が
死んだら「先生(青木さん)」に納棺してほしいといわば「指名予約」されたんだそうです。
自分が変われば周囲が見る目も変わる、これほどはっきりとわかるエピソードはありません。

本は、日記の他は「死」「命」についての哲学的な話が続き私には少々読みづらい
ですが、こちらの方がおもしろいと感じる方も少なくないようです。

映画を観て感動した方は、ご一読をお勧めしたいです。


posted by みどり at 21:18| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。