2009年05月11日

「アーティスト・ファイル2009」展

「アーティスト・ファイル2009」展


「アーティスト・ファイル2009」展@六本木 国立新美術館
3月4日〜5月6日まで 終了してます


5月5日(火)に観に行っています
最先端のアートシーンで活躍する作家を取り上げた展覧会・・・ということで
足を運びました。
取り上げられているのはペーター・ボーゲルス、平川滋子、石川直樹、金田実生、宮永愛子、村井進吾、
大平實、齊籐芽生、津上みゆき、の9人のアーティスト。

会場では、それぞれの作家ごとに展示スペースが区切られているので、グループ展
のようなごたごたした感じはなく、むしろ個展をいくつもはしごしてるような見やすさ
を感じました。

今回、特に印象的だったのは齊籐芽生さんと、宮永愛子さんの作品でした。

齊籐さんの想像力をフル回転して生み出された植物群の絵は圧巻。
描写は緻密。
まるで植物図鑑を見てるようなおもしろさと、なんというか人面草(そんな言葉あったか?)とでも
言いたくなるような植物たちに、不気味さを感じつつもじっくり見ずにはいられない妙に惹かれるものを感じました。 
団地の部屋を描いた作品群は、うらぶれた街とつかれた住人の血と汗と尿まで
感じさせるものでした。

チラシにも使われいる宮永愛子さんの作品は、白くてもろそうだからどんな材質で作られているんだろう・・・
と、思ったらなんとナフタリン。
防虫剤のナフタリン。
時がたてば消えて無くなってしまうナフタリン。
それをあえて作品に使うとは、自分の作品には残そうという執着心がないのでしょうね。
いや、作家は徐々に消滅していくという過程に興味があるのかも。


国立新美術館の建物は外観も中もおもしろい。
展覧会もいいけれど、この建物そのものが何度見ても飽きません。
下の写真はこの日の美術館内部です。

2009年5月5日の国立新美術館の内部
posted by みどり at 13:40| Comment(0) | 美術・展覧会・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「毛皮のマリー」2009年版

「毛皮のマリー」2009年版


「毛皮のマリー」2009年版@ル・テアトル銀座
作:寺山修二
演出・美術:美輪明宏
出演:美輪明宏、吉村卓也、麿赤兒、若松武史、菊池隆則、他


4月21日(火)に後方のA席で観に行っています。
映画監督、詩人、小説、とマルチな活躍をされた寺山修二さんが美輪明宏さん
に出演してもらうことを想定して書いた戯曲が「毛皮のマリー」です。

美しき40歳の男娼マリーと血のつながらない息子・欣也との愛憎劇。

何度も再演されていますが、演出はそのたびに変えられています。
外国の演出家による演出もありました。
この時の公演は私も観ていますが、無機質な鉄骨構造を思わす舞台美術が
物語の雰囲気と合ってないような気がしまし、何よりもマリーにとらわれている欣也を外の世界へ連れ出そうとする
「美少女・紋白」を文字通り美少女に演じさせたのは失敗だったと思います。
紋白は男性が演じなければ、この「毛皮のマリー」では意味が無くなってくると思う
のです。

この魅力的な物語は美輪明宏さん以外の俳優によっても演じられてきました。
現代の女形とても有名な篠井英介さんがマリーを演じたこともありますし、珍しい
ところでは人形劇俳優の平常(たいらじょう)さんが自作の人形マリーを操作しつつ
自分が欣也を演じる、というのも。

今回欣也を演じるのは新人の吉村卓也さん。
三輪さんはどうやら手垢のついてない新人を使うのがお好きのようです。
妙に舞台慣れした所がなく、どちらかというとむしろ素人っぽい。
でもそれが「外界」を知らない欣也という役柄にぴったりと合っていたようです。

紋白を演じる若松武史さん、下男の麿赤兒さん、名もない水夫の菊池隆則さん
どなたも文句のつけようのないはまり役でした。

ル・テアトル銀座は大劇場なので舞台上の空間がやけに広いので小劇場向けの
「毛皮のマリー」の上演には合ってないと思うのですが、欣也がマリーに言われるままにコレクション
してる蝶をイメージしたオブジェで飾られているのが効果的だったとおもいます。

「毛皮のマリー」は多くの方が指摘するように欣也とマリーの関係は作家・寺山修二と、母のハツさんの関係そのまま、なのしょう。
欣也からどうしても離れられないマリーと、大人になった寺山修二から最後まで息子
ばなれできなかった母のハツさん。

昔、私が寺山修二さんのこと・・・というより母のハツさんを初めて知ったのはもう寺山さんが
亡くなって1年たった頃でした。
一周忌を記念したテレビ番組でハツさんをインタビューしていたのですが、とっくに亡くなっているのに、
毎日陰膳を用意しているとのことで「あの子は出かけてるだけなんですよ」とにこやかに答えているが印象的でした。
中年の息子のことを人前で「あの子」と呼び、死んだことを認めようとしない母の姿。
笑顔なのにゾッとするようなすごみを感じました。

このハツさんがマリーそのもの。
そんなマリー(=母)から、離れたくても離れられない欣也が寺山修二そのもの・・・。

ラストの演出も作家寺山修二さんへのオマージュが強い物でした。
寺山さんの作られた映画や演劇の一場面を思わすシーンがいくつも重なり、いかにも「見せ物」的な
舞台になっていました。
寺山作品のコラージュですね、これは。

とりとめなくなりましたので、この辺で。
posted by みどり at 12:50| Comment(10) | 演劇・ダンス・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする