2006年11月30日

「ビル・ヴィオラ: はつゆめ」展

「ビル・ヴィオラ: はつゆめ」展


「ビル・ヴィオラ: はつゆめ」展@六本木ヒルズ森タワー53階 森美術館
  〜2007年1月8日(月)まで この後兵庫県立美術館で公開(2007年1月23日〜3月21日)
  公式サイトはこちら

11月17日(金)に観に行っています。
夜は10時まで開館してくれているので、仕事帰りでもゆっくり観に行かれるのがうれしいです。
(火曜日は午後5時まで、1月2日は午後10時まで開館)
ビデオ・アート作家ビル・ヴィオラ(Bill Viola)さん、このお名前今回初めて知りました。

映像と言ってもストーリィはほとんどありません。
会場内いっぱいに設置されたスクリーンに映る映像と、流れる音(静かだったり、
騒音だったりしますが)に身をゆだねてゆっくりと鑑賞することをお勧めします。
私が行った日、作品の前をさっさと通り過ぎてしまう方が多かったのですが
できることならせめて、2時間は時間をかけて会場内を体感してほしいと思いました。

気になった展示作品の紹介と感想を・・・

「クロッシング」
暗闇の中にある巨大スクリーン。向こうの方から男性が一人歩いてきます。
手前に来たところで立ち止まると、たちまち炎に包まれて消えてしまいます。
このスクリーンの裏側に行くと、またスクリーンの向こうからさっきと同じ男性が
歩いてきます。また同じ事の繰り返しか、と思っていると今度は炎ではなくて
大量の水が怒濤のように流れ落ち、男性は消えてしまいます。
二つともかなり暴力的なイメージですが、男性はまた復活するので安心して(?)
見ることができます。

初めは、二つのバージョンが交互に上映されているのかと思いましたが、実は
スクリーンの裏表で同時に二つのバージョンが映し出されていたのでした。
炎がどこから出て、どこから消えていくのか、水がいったいどこから流れてくるのか。
細部を見極めたくなります。


「ストッピング・マインド」
部屋の中、四方にそれぞれスクリーンが設置されています。
それぞれに風景が映ったかと思うと、大地震が起こったような轟音が聞こえ映像も
大きく揺れます。めまいが起きそうです。

この部屋に入ったら、ぜひスクリーンに囲まれた真ん中に立ってください。
真ん中に立つと、まるで耳元で誰かがささやいているように、でもせわしなくじゃべる
声が聞こえます。
いったい何を言っているのか耳を澄ませて、聞き取りたくなりますが早口の外国語
なのでまったく分かりません。
周りの風景は、めまいがしそうで逃げ出したくなるのに、真ん中にいるとそこだけは
別天地。作品のタイトルの意味が少し分かった気がしました。

「アニマ」
男性一人、女性二人の肖像写真・・・・かと、思って別の展示を見てからもう一度
この三人を見るとさっきと表情が違ってるではありませんか。
じっと見ていても動いている様子は感じることができませんが、時折瞬きをしている
のはやっとわかります。
動きの秘密を見極めてやりたくなる作品です。

「キャサリンの部屋」
ヨガをしてる、裁縫をしてる、何か書いている、祈りを捧げている、夜になったから
ベッドに入って眠る。5つの部屋の、5つの時間を過ごしている、同一人物キャサリン。
5つのモニターがそれぞれのキャサリンを映し出しています。
壁にある小さな四角い窓からは、外の風景が見えています。
時間も季節も違うようで、それぞれの時間経過の様子が美しいです。

「ミレニアムの天使」
広い空間の離れた場所に5つのスクリーン。
それぞれは「旅立つ天使」「誕生の天使」「創造の天使」「昇天する天使」「炎の天使」
と名付けられてそれぞれの映像が繰り返し流れています。
服を着た一人の男性が水中に落ちていくところを、超スローモーションで撮影したもの
らしい。顔は見えません。

この記事の冒頭に載せたチラシの画像は「旅立つ天使」の一場面です。

水中から見た映像を上下逆さまに映し出していたり、落ちていくところを逆回し映して
まるで水中から飛翔するように見えていたり。
水滴や、水中の泡がキラキラときれいです。
男性はつまり天使ですが、この天使が現れるのを見届けようとするとかなりの時間
辛抱強くスクリーン前で待っていなければなりません。
男性も、水もこの世の物ではない別の次元の何かに見えてきます。

展示室の中は真っ暗で、虫の声がかすかに聞こえています。
この空間になら、しばらくしてもたくなります。

会期中、もう一回みたい展覧会でした。


展覧会を見ると展望台にも入ることができます。
昼間の景色もいいですが、ライトアップされた東京タワーも見える六本木の夜景は
まさに絶景でした。

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映画「カポーティ」

映画「カポーティ」

映画「カポーティ」@日比谷 シャンテシネ2
 監督:ベネット・ミラー 脚本:ダン・ファターマン 
 出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー、他


11月15日(水)に観に行っています。
アメリカの作家トルーマン・カポーティをモデルにした映画です。
実際に起きた殺人事件の犯人に取材して書き上げたノンフィクション・ノベル「冷血」
が1966年に出版されると、作家カポーティの地位と人気は揺るぎない物になったそう
です。
私はというと、今回の映画を見るまでこの作家のことを全く知りませんでした。
オードリー・ヘップバーン主演で映画にもなった「ティファニーで朝食を」も彼の作品
だそうです。映画は観ていますが、このことも知りませんでした(^_^;

今回の映画は、作家カポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)が一家4人の惨殺
事件に興味を持ち、二人の犯人に直接面会を繰り返しノンフィクション・ノベルを
書き上げるまでのことが描かれていきます。

カポーティは、なんだか一癖もふた癖もありそうな人物です。
耳障りな妙な高音でしゃべり、おせいじにも男前とは言いづらい風貌。
でも身につけている物は高級で洗練された物ばかり。
パーティでは品のない冗談を交えながら、一人でしゃべりまくるけれど人々に囲まれて
かなり人気者らしい。
実際、そういう人物だったらしいですが、このカポーティを演じきったフィリップ・
シーモア・ホフマンはすごいと思います。

予告編を見たときは外見はさえないカポーティが、殺人犯と緊迫感のあるやりとり
を交わしていく様子を期待したのですが、ちょっとちがっていました。
外見はさえない人物でも、中身は気品のある人物を期待してたのにこれがもう
ちがっていましたから。
殺人犯に何度も取材をしていくことで、自身も精神的にまいっていくようすを
描いている、とパンフレットには書いてあるのですが、映画を見る限り私にはそう
いう風には見えてこなかったのです。

なので、私にとってはこの映画今ひとつでした。
ラベル:映画 カポーティ
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2006年11月28日

東京ヴォードヴィルショー公演「エキストラ」

東京ヴォードヴィルショー公演「エキストラ」


東京ヴォードヴィルショー公演「エキストラ」@新宿 紀伊國屋サザンシアター
  作・演出:三谷幸喜   出演:佐藤B作、伊東四朗、あめくみちこ、他

11月13日(月)観に行っています。
人気脚本家、三谷幸喜の公演はチケットの確保が難しいのですが今回は運良く
取ることができました。
もちろん一般発売日に購入した物で、ネットオークションは利用していません。


冒頭、朽ち果てたようなお寺の本堂にやつれ果てた農民達がいるのでこのお話は
時代劇か?と興味を持たせたところで、何かの撮影現場だと分かる導入部はさすが
にうまいです。

テレビドラマの撮影のために集められたエキストラ達。
長年エキストラを続けてきた人、定年退職後あこがれのエキストラになった人、
死体役をやりたいのになかなか役が回ってこない人。
そして、エキストラを馬鹿にしてまともな人間として扱わない女性AD。
そしてもちろん主役の俳優や、監督など様々な人々の様々な人生模様が展開する
のが今回のお話。

地下鉄職員を務めた定年後、あこがれのエキストラになった「新入り」(伊東四朗)、
そして新入りより数ヶ月先輩の「先生」(角野卓造)、長年エキストラをやってきたが
今は撮影中のドラマにしっかり役者として出演している田所(佐藤B作)。
この三人が主役と言っていいかと思いました。

役者になった俺はエキストラとは一段上だと自負してる田所が、手段を選ばぬ
やり方をして上に気に入られようとして、結局・・・・という結果になるのは寂しい。
けれどこの田所、転んでもきっとタダでは起きないだろうというしたたかさも感じます。

エキストラを馬鹿にする女性ADと「先生」の対立はなかなか見応えがあります。
話が進むにつれて「先生」や、嫌なヤツにしか見えてこなかった女性ADの寂し過去
がほんの少しかいま見えてくるのもうまい展開です。
角野さん演じる「先生」は口うるさい人物に見えますが、後半暖かみを感じさせる
のがうまいと思いました。

しかしやはり、一番良かったのは客演の伊東四朗さんでした。
まじめな顔しているのに、一挙一動がおもしろい。
かつては地下鉄職員で最後の10年間は労使交渉をしてました、と後半「先生」と
女性ADとのいざこざを解決しようとさっそうと登場する場面はとてもたのもしいです。
さあ、どんな活躍場面を見せてくれるの?とわくわくしてしまうのですが、この後が
意外とあっさり終わってしまうのでとてももったいない感じがしました。

話をタイムマシンが登場するSFドラマの撮影現場にしたことで、時代劇の衣装だっ
たり、未来風衣装だったりするので舞台上もあれこれ入れ替わるのが見た目も
華やかで楽しいです。

普通ならばこれで十分おもしろい公演です。でも三谷幸喜ならもっとおもしろくできる
だろうに・・・と欲張りなことを考えてしまう舞台でした。


posted by みどり at 03:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 演劇・ダンス・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

劇団四季・東京「キャッツ」28回目

キャッツ・シアター2006年11月19日

劇団四季・東京「キャッツ」28回目@東京 キャッツ・シアター

11月19日(日)に2階C席(3列)で観ています。

会場の入り口は、もうクリスマスの飾り付けがされていました。
きれいな写真が撮れませんでしたが、冒頭にご紹介します。

この日の主な配役です。
長老猫オールドデュトロノミー・・・種井静夫
娼婦猫グリザベラ・・・奥田久美子
少女猫シラバブ・・・荒井香織
プレイボーイ猫ラム・タム・タガー・・・福井昌一
マジシャン猫ミストフェリーズ・・・杜彦昊
ボス猫(?)マンカストラップ・・・芝清道

いろいろな猫の生き方を見せてくれる「キャッツ」
この日の公演は、びっくりしたことがいくつかありました。

一番のびっくりは、私の大好きなキャラクター、ミストフェリーズが初めて見る杜彦昊
さんという方だったことです。
東京での公演が始まって2年間。いままでミストフェリーズは蔡暁強さんと松島
勇気さんのお二人だけが演じていましたが、やっと新しい方が演じることになったん
ですね。
抜群にダンスのうまい蔡暁強さんのファンとしては、だいじょぶなの?と言う不安と
同時にこれからどういうミストフェリーズを見せてくれるのか、と楽しみでもあります。

小柄でかわいい感じの蔡暁強さんに比べ、背が高く細身の杜彦昊さんのミストフェリ
ーズはやや大人びて見えました。
やはりダンスはうまいです。
それに、蔡暁強さんに比べると顔の表情が豊かだった気がしまいした。


2番目のびっくり。
1幕目、ミストフェリーズが最初に歌う「ジェリクルキャッツ出てくる、ジェリクルキャッツ
集まる♪・・・」という歌詞をなんと、マンカストラップが歌っているではありませんか。
いったいこれはどういうことなのか???
この場面、舞台中央ではミストフェリーズがスポットライトを浴びで踊っているのです。
なのに、歌っているのは端に立っているマンカストラップというおかしな事になっていま
した。

新人、杜彦昊さんの歌が下手だから?でも他の場面で歌っているのを聞くとそんなに
下手と言うほどでもないと思いました。
これが下手というなら蔡暁強さんだって下手と言うことになります。
ミストフェリーズの第一声は新人には無理がある、と演出家が判断したからか?
ネット上を見ましたら、マンカストラップがこのパートを歌ったのはこの日が初めて
ではないようです。

あとは気がついたことを。

この日のマンカストラップの歌い方は、歌詞はもちろん今までと変わりませんが
なんとなく語気が荒い感じがしました。

おばさん猫ジェニエニドッツ(鈴木由佳乃)さんのシーンで、床への照明が格子状にな
っていたのですね。いままで全然気がつきませんでした。


売店でのことですが、一度見かけてその次に行ったときにはなかった猫のラベル
つきワインがまた販売されていました。
しかし値段が以前は500円だったのに、今回はなんと倍近い800円になっていました。
品物は全く同じです。いったいなぜ???
仕入れルートが変わったんでしょうか。

「キャッツ」東京公演はすでに来年8月末まで公演が決定しています。
11月12日は四季の会員先行発売日(来年5月〜8月末分)でした。
私も1階C席4公演、2階C席2公演、1階S回転席1公演、以上7公演分
確保しました。

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2006年11月25日

映画「ナチョ・リブレ 覆面の神様」

映画「ナチョ・リブレ」


映画「ナチョ・リブレ 覆面の神様」@シネセゾン渋谷
 監督:ジャレッド・ヘス
 脚本:ジャレッド・ヘス、ジャルーシャ・ヘス、マイク・ホワイト
 出演:ジャック・ブラック他


11月11日(土)、渋谷で「スーパーエッシャー展」を観に行った帰りに観ています。

メキシコでのこと。神父さんが覆面レスラーになってリングに立ち、そのファイトマネー
で孤児院の子供たちを養っていたという嘘のような本当の話が元になっています。
何年か前、この神父さん(リング名フライトルメンタ=暴風神父)が引退したときは
新聞でもその記事を見たし、テレビで本人にインタービューしているのを見たので
かなり話題になったようです。

2000年に放送されたNHKの番組「地球に好奇心 仮面レスラー紳士録」でも
メキシコ流レスリング=ルチャ・リブレの事が紹介されていました。
映画のモデルになったのはセルヒオ・グティエレス神父さん。
グティエレスさん自身も孤児で、一時は麻薬におぼれたこともあるけれど立ち直り
28才で神父に。
自分と同じ境遇の子どもたちを一人でも救いたいと孤児院を作ったけれど、神父と
しての収入と寄付金だけではやっていけなくなり、レスラー(メキシコ流ではルチャ・
ドール)になることを決意。
孤児院も大きくなりルチャ・ドールをやめることはできなくなり、神父さん自身もルチャ・
リブレの魅力に惹かれ、結局20年間続けたのだそうです。

映画の方は、実話を元にしたドキュメンタリー風の物ではなく、設定だけ借りてあとは
自由に脚色した娯楽性のある作品になっていました。
料理係のダメ修道士ナチョ(ジャック・ブラック)が、子供たちにおいしい物を食べさせ
てあげたいという思いからルチャ・ドールになってがんばる、というお話になって
いました。
やせのスティーブン(ヘクター・ヒメネス)と凸凹コンビでリングに立ち、美人の修道女
に恋したり、町一番の人気ルチャ・ドール、ラムセスと対決することなったりと大騒ぎ。

ジャック・ブラック演じるナチョは、ハンサムではないし要領良くもないけれど、どこか
憎めないいいやつです。
孤児院一番のおデブの男の子が、ナチョの味方で影ながら応援してるのもかわいい。

笑える映画ですが、大笑いではなくどちらかというとくすくす笑いのベタな感じの笑いの
映画だと思います。

メキシコ映画?と思うくらい、出演者も音楽も雰囲気がしっかりメキシコ風になって
いましたが、しっかりアメリカ映画でした。

見終わると、なんだか元気がでてくる楽しい映画でしたよ。
posted by みどり at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「スーパーエッシャー展」

「スーパーエッシャー展」


「スーパーエッシャー展 ある特異な版画家の軌跡」@Bunkamuraザ・ミュージアム
  11月11日〜1月13日まで  公式サイトはこちら


11月11日(土)の初日に観に行っています。
初日ではさぞ混んでいるだろうと思ったのですが、混んではいるのですが意外と
スムースに観ることができました。
他の展覧会に比べると、皆さん一つの作品の前に止まっている時間が短いようです。

私がM.C.エッシャー(1898-1972)を初めて知ったのは美術関係の本ではなくて
心理学の本からでした。
たまたま手にした心理学の論文の中身より、一緒に掲載されていたエッシャーの
作品の方に惹かれてしまいました。
実際、視覚トリックを多用した版画作品は、美術界よりも心理学の科学者のほうが先
に注目したようです。

エッシャーと言ったら、だまし絵の作家と思いこんでいたのですが彼が風景画も
多数あり認識が改まりました。
今回の展覧会、エッシャーの学生時代の作品から晩年までの作品や完成作品の
前の下絵の展示もあり、彼の創作過程の秘密をかいま見ることができてとても興味
深いです。

どの作品もおもしろいですが、彼がハールレム建築装飾美術大学に在学中に描いた
「椅子に座っている自画像」が一番興味を引かれました。
床の上に斜めに置かれた鏡に映った、椅子に座った自画像を描いた版画作品です。
視点が視点なので、かなりゆがんだ絵なのですが若い頃から、すでに物の見方が
普通と違うのがよくわかっておもしろいです。

彼の作品は、多種多様で感想を書こうとしてもなんだかまとまりませんが、とにかく
観ているだけで楽しいし、遊べます。
エッシャーの絵のなかには、始まりも終わりもない循環した巨大な宇宙がそこに
あるようですね。
なんで彼が、こういう不思議な世界を描こうとしたのか分かりませんが自分の手で
自分なりの「宇宙」を作り出そうとしたのは間違いないでしょう。

どの作品も気になりますが、数点だけピックアップして感想を。

「でんぐりでんぐり」という作品の中に登場する、奇妙な生物「でんぐりでんぐり」。
原語をあえて日本語に訳すとこうなるらしいですが、人間そっくりの足を持つ芋虫の
ような架空の生き物。見慣れてくると結構かわいいです。
「階段の家」という階段だらけの家の中にも「でんぐりでんぐり」が登場しています。
どっちが上だか下だか分からない家の中での「でんぐりでんぐり」はなんだかとっても
ひょうきん者です。

「滝」はエッシャーの作品の中では一番有名でしょうか。
水車に流れ落ちる水の流れをたどっていくと、だんだん上に上がってしまう不思議。
左下に描かれたものが小さな苔を拡大したものだとは、今回初めて知りました。

「深み」はトビウオのような物体が多数並ぶことで、深さを表現しようとした作品。
深みの下の方がどうなっているのが、先の先の方をのぞき込みたくなります。
この作品の下絵もありましたが、トビウオ(?)にそれぞれ数字が書いてあるのに気が
つきました。
初めは何だろうと思ったのですが、深さの段階を自分で分かるように書き込んものの
ようです。さすがに描くのも苦労したようです。

「別世界」は月のクレーターを思わす世界と、星雲の見える宇宙が見える作品。
クレーターの上に立ってあたりをみた風景、クレーターの上から下を見た風景、
そして空に広がる大宇宙が見える風景、この三つに世界が一枚の絵の中に
共存しています。
私はこの作品が大好きです。



会場内の売店で、会場特製グッズの販売もありました。
エッシャーの絵の中に出てくるキャラクターをデザインした特製フィギュアは300円。
ファスナーマスコット(ファスナーにつける小さなアクセサリー)は200円。
カプセル入りの自動販売機での販売なので、どのキャラクターがでるか分からない
ですが、分からないから楽しいです。
私もやってみました。出てきたのは・・・・
フィギュアは「深み」の作品に出てくるトビウオみたいなヤツ。
ファスナーマスコットは「球面鏡のある静物」に出てくる人面鳥(?)みたいなのでした。
どちらも「でんぐりでんぐり」があるのでほしかったのですが・・・。
このカプセル入りおもちゃ、かなり人気があって皆さんがちゃがちゃやっていました。


今回の展覧会、通常の展覧会では有料のイヤホンガイドが入館料だけで利用するこ
とができるようになっていました。
説明を聞くためのいちいち作品の前で止まるのは面倒な気がして、使わないでその
まま展覧会場にはいると、利用してない人はほとんどいませんでした。
なんとなくちょっとはずかししい(^_^;

一度最後まで会場を回ってから、次の予定まで時間があったのでまた最初に戻って
イヤホンガイドを利用させてもらいざっと会場内を回ってみました。
なんて言うのか名前を忘れましたが小さな手帳のような物を持って、これを付属の
ペンでさわると今目の前で見ている作品が映し出されて、部分的に拡大して観ること
ができます。
絵の前に行けば間近観ることはできますし、このガイドしゃべっている説明は会場に展示
されている説明と変わらないのであってもなくても大して変わらないと思いました。

ラベル:エッシャー
posted by みどり at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・展覧会・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

ミュージカル「マリー・アントワネット」

ミュージカル「マリー・アントワネット」

ミュージカル「マリー・アントワネット」@帝国劇場 公式サイトはこちら
  原作:遠藤周作「王妃マリー・アントワネット」
  脚本・歌詞:ミャエル・クンツェ 音楽:シルベルター・リーヴァイ
  演出:栗山民也
  出演:涼風真世、新妻聖子、山口祐一郎、井上芳雄、高嶋政宏、他

11月9日(木)の夜の回(イープラス会員貸し切り公演)を2階B席で観ています。
ミャエル・クンツェとシルベルター・リーヴァイのコンビと言ったら「エリザベート」
「モーツァルト!」を生み出したいわばゴールデンコンビ。
このコンビに日本の東宝が遠藤周作原作の「王妃マリー・アントワネット」のミュージ
カル化を依頼してできあがったのが今回の舞台なのだそうです。
(私は遠藤周作の原作の内容はまったく知りません)

出演者も涼風真世、山口祐一郎、井上芳雄、高嶋政宏、土居祐子などミュージカルと
言ったら外せないような方ばかりを集めての公演。
期待するなと言うのが無理、の舞台ですね。

しかし何というか「エリザベート」や「ベルサイユのばら」と言った華やかで夢のある
舞台を期待していくと完全に外れると思います。

マリー・アントワネットと言ったら詳しいことは知らなくでもフランス革命時、断頭台の露
と消えた悲劇の王妃という事ぐらいならどなたでもご存じだろうと思います。
舞台の方もマリー・アントワネット(涼風真世)がフランスに輿入れの時から始まります。
そして一方で描かれるのは貧しい民衆の娘マルグリット・アルノー(新妻聖子、笹本
玲奈のWキャスト)の人生。
頭文字が同じ「M.A」の二人の女性の人生を交差して描くことで舞台が進行します。
どちらかというとマルグリットの方から観たマリー・アントワネットの物語になっていました。

ほとんどマルグリットが物語の進行役になっているので、彼女に任せておけばすむと
思うのですが、舞台の方ではオルレアン公(高嶋政宏)や、カリオストロ(山口祐一郎)
がやはり物語の中のあちこちでナレーターのような感じで登場してくるので、少々
煩わしく感じました。
「エリザベート」の王妃暗殺者ルキーニと、死の帝王トートを思い出させる配役です。
東宝版「エリザベート」ではルキーニは高嶋さん、トートは山口さんなのですから
はっきり言ってそのまんまと言うのはちょっと・・・。
今回の「マリー・アントワネット」ではこのオルレアン公もカリオストロも効果的な
役柄、必要な役柄とは思えませんでした。

シルベルター・リーヴァイの曲は美しいし、出演者の方達の歌声もすばらしいです。
しかし、肝心の主人公のマリー・アントワネットに全く感情移入できませんでした。
前半は、どうにもいけ好かないわがままな女にしか見えなかったのです。
後半はしおらしい感じになりの涼風さんを観ていると、皇后エリザベートを意識して
演じていたと思うのですが前半から後半にかけての途中経過が見えないでいきなり変わるので、
なんだかついていくのが難しかったです。

後半、カリオストロがまじめ顔で登場していきなり片手でくるくる旗を振るので、なんだ
かちょっと滑稽。
場内笑いが起きてしまいましたがこの場面、とらわれの身の国王一家が逃亡しようと
して、途中で馬車を止められるシーンなのです。
山口さんが演じるカリオストロが、途中で兵士の役に変わってる事になるのですが
観てる方にはそんな風にみえないのです。
本来ここで笑いが起きてはいけないでしょう。演出が悪すぎると思いました。

マリー・アントワネットの最後は断頭台のシーンとなりますが、舞台美術は断頭台の
イメージを誇張して表現したセットになっていました。
しかし、これがかなり醜悪。
なんだか町の中の壁やシャッターに書かれた落書きを観たような気分の悪さを覚えました。
せっかくミュージカルを観て、これが最後のシーンなのかと思うとがっかりで・・・。

どんな風に?と、と言うことは書きたいけれど実際の舞台を観る方の楽しみを奪って
しまうことになりますからあえて書きませんm(__)m

ミュージカルは好きで、気に入った作品なら何度でも観たいと思いますが今回の
「マリー・アントワネット」は一回でもういいやと、思ってしまいました。

posted by みどり at 04:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ダンス・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

ダリ回顧展

ダリ回顧展@東京・上野の森美術館
  〜2007年1月4日(木)まで


11月9日(木)、職場は有給休暇を取っていたので午後から行ってみることにしました。
土日は絶対混んでいるだろうから、平日ならまだ楽かなと思ったのです。

午後3時過ぎに着くと、すぐに中に入れました。
平日の午後のせいかお客さんも学生風の方が多かったようです。
すぐに入れても、やはり見たい絵を見ようとすると並ばなければならず、列はなかな
か進まないのでかなりいらいらします。
場内整理を全くしていないのはちょっと疑問でした。

さて、絵の方です。
ダリ(1904-1989)は大好きな画家で、私も10代の頃から彼の画集を購入して繰り返
し眺めていました。
シュールなイメージのあふれるダリ作品。見ているだけでダリの作り出した独自の世
界に吸い込まれてしまいます。
今回の展覧会、回顧展と言うだけあってダリの子供時代のいたずら書きから
晩年の頃の
作品まで広範囲の作品がありました。
本でしか知らなかった作品群、その実物を間近で見られるというのはやはりうれしいし、
なぜ今まで実物を見られなかったんだろうと思うと妙な気分です。
ダリの絵はけっこう知っているつもりでしたが初めて見る作品も多数展示されていました。


以下、特に気になった作品についての感想です。

「病める子」
1922-1923年頃の作品だそうで、細面の少年がこちらを見て微笑んでいます。
白い顔、大きな目、閉じられた大きな口、細長い指が妙に印象に残る絵です。

「家具栄養物の離乳」
1934年の作品。
海の見える風景の中、かなり巨大な女性が後ろ向きで座っています。
背中部分がぽっかり切り取られていて、木の杖で背中は支えられています。
この絵は本で見たことありましたが実物は18センチx24センチとかなり小型なのに
はびっくりしました。
精緻に描かれているので大きい作品と思いこんでいたようです。

「きみょうな物たち」
1935年頃。
赤い建物、赤い椅子らしきもの。夜の風景の中の「赤」が強烈。
人物のような、でもよく見ると植物のような物体。
物体同士の関連性は無いのに絵としては不思議と一体感があります。

「ポルト・リガトの風景」
1950年作品。
ダリが長年住んでいた町、そこから見える海の風景らしいです。
画面のほとんどは海の風景で、上には雲があり鳥が飛ぶ空、下の方には小さく人物
が描き混まれています。
よく見れば一方の人物には翼があり、どうやら天使らしい。
天使から何かを受け取っている(渡している?)男が一人。
この二人の近くに、座った男と小さな子供がこれまた米粒くらいの小ささで描かれて
います。
私は10代の頃からこの絵が大好きでした。
見ているとなんだか、すがすがしい感じがするのです。

「記憶の固執の崩壊」
1952-1954年作品。
ダリの代表作品「記憶の固執」のダリによるパロディーとも言うべき作品。
とろけた懐中時計のある風景は、四角い板のようなパーツに分解されています。
やはりオリジナルの「記憶の固執」の方がインパクト大です。

「船」
1942-1943年作品。
これ、かなりすごいです。
モンターギュ・ドーソンの「風と太陽・・・稲妻」という大型帆船を描いた作品の印刷物
にダリが水彩絵の具で部分的に描き足したものですが、ダリの技術は半端ではありま
せん。
船体部分を女性の体にかき直しているのですが、いくら目をこらして間近で見てもどこ
をどう絵の具をのせているのかまったくわからないのです。
美術館ではダリの作品の横にオリジナルの印刷物も展示してくれているので、やっと
ダリがどのように描きなおしているのかわかります。
これがないと絶対分からないと思います。

「世界教会会議」
1960年作品。
299.7センチx 254センチという大型作品。
教皇ヨハネ23世の戴冠式、キリスト像。キリストも原子に分解されかかってるような
かんじで描かれています。
ダリの妻ガラは聖女として描かれ、ダリの愛した地元の海岸線を背景にダリ自身も描きこまれた
ダリ作品の集大成のような、壮大なイメージあふれる作品だと思いました。

ラベル:ダリ
posted by みどり at 11:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 美術・展覧会・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

「国宝 伴大納言絵巻展」

「国宝 伴大納言絵巻展」@出光美術館  

11月5日(日)の展覧会最終日に観に行っています。
1日から身内が入院で私も病院に泊まり込み状態だったのですが、様態が安定した
来たのでこの日は外出させてもらうことにしました。
もちろん看護師さんには、展覧会観に行くなんて事は内緒です(^_^;


現存する絵巻群の中でもっとも有名な4作品のことを、日本の「四大絵巻」という
事があるそうです。

徳川・五島本源氏物語絵巻
鳥獣人物戯画 甲巻
信貴山縁起絵巻(しぎさんえんぎえまき) 
伴大納言絵巻(ばんだいなごんえまき)

以上の四作品。
この中で私が今まで観たことあるのは「鳥獣人物戯画 甲巻」だけだったので今回で
ようやく2作目を見ることができました。

会場に11時頃着くとすでに長蛇の列。
2時間待ちという噂を聞いていましたので覚悟はしてましたが、1時間半ほどでやっと
実物に対面できました。
上・中・下巻の3巻そろっての展示はこの展覧会期間中でも日程がかなり限られて
いました。(3巻そろわないときは複製の展示だったのです)

伴大納言絵巻は貞観8年(866年)に実際に起こった応天門炎上事件にもとづいた
お話を絵画化したものです。
はっきりした制作時期は分からないようですが1100年代後半らしいです。
詞書(ことばがき・絵巻に書き込まれている説明文)を書いたのは、藤原教長(ふじわ
らよしなが)という人物ではないか、絵は常盤源二光長という人物ではないか、と
考えられることが多いらしいです。

史実では動機不明のまま時の大納言であった伴善男(とものよしお)・・・伴大納言
の犯罪であるという事になっています。絵巻の方では動機もかなりはっきりと表現
されています。つまり事実を元にしつつかなり脚色もされ物語性が強くなっています。
なのでこちらとしては、うわさ話に耳を傾ける興味津々の野次馬そのものですが、
見ていて実に楽しい絵巻物です。

応天門が炎上し、集まる人々の表情がとても豊かです。
そばで驚きあわてる人や、少し離れた場所でのんきな表情の高見の見物を
決め込んでる人までいるのには思わず笑いそうになりました。
着物の柄も細かいです。

放火犯は最初、伴大納言の告げ口で左大臣の仕業であるとされますが結局罪が晴
れ、赦免の使者が左大臣邸に向かいます。
この使者が描かれているはずの部分がぽっかり切り取られているのはなんだか
不気味。
使者は騎馬姿で、切り取られた部分が掛け軸の絵になっているのを見た事がある
とおっしゃっていた学者の方がいたそうです。
この方はもう亡くなっているそうで、詳しい話を聞くことができないのでますます
ミステリーですね。

今日の下町の通りで子供同士がとっくみあいのケンカの場面があり、その横からは
一方の父親が家から飛び出しています。
その場面のやや左斜め下では、この親が一方の子供を思いっきり蹴飛ばしてます。
さらにその場面の左斜め上では、親が加勢したほうの子供を母親が手を引いてあた
りを気にしつつ家に帰ろうとしているし、この場面の後では蹴飛ばされた方の子供の
親が周囲に抗議している様子がみられます。
抗議と書きましたが、詞書きによると蹴飛ばされた方の親は、応天門炎上が伴大納
言とその家の雑用係(蹴飛ばした親)の放火であることを目撃していたので、腹いせ
に周囲にこのことをしゃべっているのだそうです。
事実かどうか分かりませんが、絵巻では子供同士のケンカに親が介入するという些
細な事がきっかけで放火の犯人が判明していくという物語としてのおもしろさがあります。


それにしてもこの場面、一つの紙の中に位置は少しずつずらしていますが違う場面が
描き混まれていてもほとんど違和感がありません。

子供たちと親たちを、取り巻くように描かれている周囲の人達が波のように配置され
ているので視線がとてもなめらかに移動できるのが分かります。


噂が町中に広がり伴大納言に逮捕状が出ますが、逮捕のために伴邸にむかう
検非違使(けびいし)一行の姿が目をひきます。
弓や太刀を持った人々や、鎧やカブトをかぶり馬に乗った姿は勇ましく、色鮮やかで
とても華やかです。
伴邸での女房達の嘆き悲しみよう。かなり悲惨です。

邸の玄関で検非違使一行の先導から、いきなり主の逮捕を伝えられたらしく
うなだれている伴家の家来の老人・老家司(ろうけいし)の姿が哀れです。
よく見ると外なのに足は裸足。よほど慌てたのでしょう。
私はこの絵巻の中でこの場面が一番印象的で好きです。


滅多に見られない絵巻の展示はうれしいのですが、見るまでに数時間待ちというのは
年配の方には苦行のはず。なんとかならないものなのかと思いました。


posted by みどり at 10:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 美術・展覧会・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平常・人形劇公演「天守物語」

平常人形劇公演「天守物語」


平常(たいらじょう)人形劇公演「天守物語」@新宿・プーク人形劇場
  原作:泉鏡花  出演・演出・人形操作:平常


10月31日(火)に観に行っています。
大人のための人形劇公演です。

去年の11月に一回だけ上演された平版「天守物語」の再演ですが、単純に
再演ではなくさらにバージョンアップされた作品になっていました。

姫路城・天守閣に住む妖怪の富姫(とみひめ)と、若き鷹匠・姫川図書之助(ひめかわ
ずしょのすけ)の恋物語。

初演版では、平さん自身がまだよく段取りが飲み込めてないようでもたもたした感じ
があったのですが、今回は非常にスムースになっていました。
登場するキャラクターが多い物語なので、一人で人形操作する都合、手に持つ人形だけ
ではたりず舞台上に置いておく人形もあります。
その置く位置も前回はなんとなくその辺に・・・と、いう感じだったのが今回は見た目も
しっかりきれいに決まった位置になっていました。

平さん自身、いなせな江戸っ子のようなスタイルで登場。これは前回と同じですが
実にかっこいいです。
ある方が平常は相当のナルシストだと書いているのを見たことがありますが、一人
芝居やる人間、ナルシストでなければできるわけありません。

富姫夫人は抱え遣い人形、姫川図書之助は平さん自身で演じていました。
富姫夫人の着物代わりのレースのひるがえり方がとてもきれい。
平さんは、こんな動きもしっかり計算に入れているのでしょう。

地上の武士達、討手を客席の人達にやらせることにして、最前列のお客さんに
矢を持たせたりして、観客参加型の舞台にもなっていて楽しい。

天守物語の原文は、時代がかっていてそのままではちょっと分かりづらいのですが
今回の公演では平さんなりに読み込んで解釈し、部分的にはしょりながら、わかり
やすく見せてくれています。

ラストシーン。
金色の紙吹雪の中、舞台が下がっていき平さん演じるが消えますがとても華やかで美しかったです。

「天守物語」は、泉鏡花の硬質な美意識で固められた物語だと思うのですが
平さんの美意識が加わり、さらに平さんと客席とのほんのちょっとしたやりとりが
あることで、舞台版は暖かみのある物語に見えてきます。
前回の公演がラフスケッチなら、今回は透明水彩絵の具で描かれたとても美しい
絵画のような公演でした。