2005年02月28日

「ローリー博士の異常すぎる愛情とその影と光」

ローリー

「ローリー博士の異常すぎる愛情とその影と光」@東京・パルコ劇場
 企画・構成・脚本・演出・主演・音楽:ローリー、ROLLY、ローリー寺西、
 Rock ROLLY、寺西一雄

2月25日(金)行って来ました。
チラシにも名前がいっぱいかいてあったけどつまりはROLLYさん一人です。
この方はすいぶんいろいろなことをやってきてるので、人によってずいぶん印象
が違うようです。私の友人など「笑っていいとも」にでてた人としか知りませんし(^_^;)
私は昔「すかんち」と言うバンドをやってた人だな・・・というのが最初の認識でした
が何しろこのバンド名(言いたくないけど逆から読んでみてさくだいな・・・わかる
でしょっ・・・)、いかがわしい気がして当時は曲を聴くこともしませんでした。

その後、ロックミュージカルの「ザ・ロッキーホラーショー」を観に行ったら主役が
この方。これが二度目の出逢いだけど、まだファンにはなっていませんでした。

2002年12月、なぜか私の所に来たDMが気になって観に行ったのが女装の麗人
「ROLLY」によるソロ・シャンソン・リサイタルの「喝采」が三度目の出逢い。
これにはびっくりしました。シャンソンも歌える人だったのか!
迫力あるのでロック・シャンソンと言ってもいいようなリサイタルでした。
2003年12月、またもやソロ・シャンソン・リサイタル「喝采」ですっかりファン
になりました。歌も良いけど女装がまた美しかった・・・。

2004年12月には青山円形劇場での公演「ア・ラ・カルト」にゲスト出演していて
「ROLLY」と言う名前の由来も教えてもらいました。
ROLLYさんの家は電気屋さんだったそうで、その仕事をやりつつバンド活動をして
いたそうです。あちこちの小学校に電気の教材を納品する仕事もしてたので学校へ行く
と、時には物好きな(?)女の子がいて「あそぼ」と誘ってくれるんだそうで、それで
一緒に遊んでたら仲間に見られて「ロリコン」といわれ、これが元で「ローリー」と
なったんだとか(^◇^;)

それで今回の「ローリー博士の異常すぎる愛情とその影と光」です。
こんなタイトルが付いてるけど特別芝居仕立てになってるわけではありません。
会場にはいるとき観客にはもれなくチラシとアンケートとなぜかお菓子の
「ぬれおかき」付きでした。

舞台の上には生バンドと女性歌手二人、女性二人、男性三人(内一人は女装)の
ダンサーを従えての約2時間。
曲名は全部覚えてないけど、ROLLYさんの魅力爆発の2時間でした。

ROLLYさん、趣向をいろいろ変えて登場します。
詰め襟学生服に黒縁メガネの姿。意外や、にあっててすてきです。
昔の歌手、東海林太郎よろしく直立不動で歌ってみたり、もちろんいかにもロック
歌手風スタイルになったり、スーツ姿でエレキギター弾いてくれたり。
どんなスタイルでもさまになってます。
シャンソンの「アマポーラ」を歌った後で、この曲のメロディーに載せてお菓子の
「ぬれおかき」の袋に書いてある説明書きをそのまま歌ってしまった「アマポーラ・
ぬれおかきバージョン」は最高でした。

今回の公演が全部ROLLYさんの演出とは、やはり才能のある方ですね。

公演半ばで客席の方に降りてきましたが、これはファンの方からお花やプレゼントを
受け取るお時間。
たくさんの女の子がお花をプレゼントしてましたが、やっぱり男性ファンもいました。
思わず「どちらの組のかたで?」と言いたくなるようなごっつい男性も。
この方からプレゼント渡されたROLLYさん「がんばります!」と言ってました(^◇^;)
私みたいなファンもいるわけですし、実に幅広いファンを持つROLLYさんです。

posted by みどり at 00:38| Comment(4) | TrackBack(1) | 音楽・コンサート・オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月26日

トールキン著「サンタ・クロースからの手紙」

J.R.R.トールキン著「サンタ・クロースからの手紙」
  発行:評論社  著者:J.R.R.トールキン  編者:ベイリー・トールキン
  翻訳:瀬田貞二  定価:1470円(税込み)

一冊読み終わりました。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作「指輪物語」の作者、トールキンが
毎年クリスマスにサンタクロースになりきって、サンタクロースから来た手紙と言う
趣向で、自分の子ども達へ書いておくってあげていた手紙。
サンタクロースから最初の手紙が来たのは1920年、長男ジョンが3歳の時。
(トールキンはジョン・マイケル・クリストファー・プリシラの四人の子のお父さんです)

保管されていたそれらを三男のクリストファーの奥さんが編集し刊行したのだそうで
本書には1925年から日付のない最終分(1939年か40年)までの15年間、毎年
とぎれることのなかった、カラフルなイラストと文章の楽しいクリスマス・レターが収録
されています。
サンタ・クロースが自分の仕事の手伝いをしてくれる北極熊のことや雪のエルフ、
そのほか雪人、洞穴熊のことを書いたり、時にはサンタ・クロースにかわって北極熊
や秘書のエルフが書いたりしてます。
その時はわざわざ筆跡まで変えるという懲りよう。

体裁としては子供向けの「絵本」です。
図書館でも本書は「児童書」の方に分類され、置かれていたので私もいままでこの本
の存在に気がつきませんでした。私は図書館愛用者です(^_^;)

訳者、瀬田貞二さんは「指輪物語」も翻訳された方です。同じ作者の文章を、同じ
訳者が訳してるのですから「指輪」ファンとしてはうれしいです。
瀬田さんの解説によると、1925年はトールキンは33歳。リーズ大学で中世英語
学の教授となり、ついでオックスフォード大学に招かれた頃。
1937年に「ホビットの冒険」が出版され、1936年には「指輪物語」の執筆がはじ
まってるそうです。
それを思い出しながら本書を読んでると「指輪物語」の裏側をのぞいてるような気が
してきます。「指輪物語」の冒頭のホビット庄の様子がのどかなのはお父さんとして
の愛情の影響か?などと考えるのも楽しいことです。

サンタ・クロースから来た手紙と信じて読んでた子ども達。それがお父さんが描いてた
物だと気が付いたとき、子ども達は何を思ったのでしょうか。
幸せな家族の様子を、のぞき見させてもらってるような感じさえする本でした。
一つだけ不満をいうと、収録されてる絵が原寸大なのかどうかの表記がないことです。


内容のご紹介です。
1925年。
北極柱のてっぺんにサンタ・クロースの帽子が引っかかった。それを取ろうと北極熊
がのぼっていくと柱がおれてしまい、そのままサンタ・クロースの家に倒れてしまう。

1926年。
2年分のオーロラ花火に火をつけてしまった北極熊。花火の絵が迫力あります。

1927年。
北極はいつになく寒さが厳しい。北極柱に鼻をなすりつけたらそこの皮がむけてし
しまった北極熊。三ヶ月暗いままなので荷造りのためほうき星を雇い入れた
サンタ・クロース。夜の風景とほうき星の絵がきれいです。

1928年。
両手にプレゼントを持ったまま階段から転げ落ちた北極熊。
階段に散らばったプレゼント。階段の下でのびてる北極熊の絵がおもしろいです。

1929年。
事務室兼荷造り部屋で北極熊が名前を読み上げて、サンタ・クロースが書き取ってる
時、北極熊が窓を開けてしまい書類が吹き飛んでしまう。
机に向かってるサンタ・クロースと座ってる北極熊の後ろ姿がかわいいです。

1930年。
北極熊と近くに住む人間の息子達である雪ン子を招待してのパーティ。
サンタ・クロースの横顔がなんとなくトールキンに似て見えます。

1931年。
いつもみたいにいくつもプレゼントがあげられないことのお詫びと、世界中でたくさんの
人がお金も食べる物もなく飢えかけていることを語る手紙。
地下室へいった北極熊はろうそくを花火の入った箱に落としてしまう。背中に火傷
をおってしまう北極熊。
彼が描いたという絵も2枚入ってます。

1932年。
地下の洞窟でのゴブリンとのひと騒動。
洞窟を探索するサンタ・クロースの様子の絵の描写がいいです。

1933年。
またまたゴブリンとのひと騒動。寝てるところを物音で目を覚ますサンタ・クロース。
ゴブリンを握りつぶす北極熊。
天蓋付きのベッドで寝てるサンタ・クロースの絵、壁紙がクリスマスツリーみたいな
絵付きでおもしろいです。

1934年。
北極熊の甥のパクスとヴァルコツッカがいたずら好きでこまってることの報告。
ノルウェーから木を運んで、氷の池に植えてつくった大きなクリスマスツリー。
見上げるようなツリーの絵が楽しい。

1935年。
インクがないし、水がないので色つきの絵はないことのおことわり。
今年は恐ろしく寒いとのこと。北極熊までコート着て赤い手袋までしてた。
雪に埋まったトナカイ小屋を掘り起こすエルフ達。
絵は色鉛筆で書いてあるようです。

1936年。
サンタ・クロースは気が動転してるので、秘書役のエルフのイルベルスが代筆。
北極熊がお風呂にはいったっま居眠りしたおかげで、お湯があふれ階下のイギリス
向けのプレゼントを置いた部屋に大雨が降るはめに。
浴槽で寝てる北極熊、雨降りになった階下でびっくりしてるサンタ・クロースの様子は
なかなか臨場感あります。

1937年。
サンタ・クロースは時間がなくて、仕事で手を痛めたので代わりにイルベルスが代筆。
イルベルスの絵日記の紹介。今年の北極は暖かいこと。エルフと雪ン子達の遊びの
ことなど。
碁盤の目のようにこまわりした枠の中にいろいろな場面が描かれています。

1938年。
北極熊が棘をふみぬいたこと、火傷をしたことなどトラブルメーカーであることを語る。
イルベルスの追伸もあり、ことしはよい年だったことの報告。
装飾的なツタとヒイラギの絵がきれいです。

最後の手紙。(1939年か40年)
戦争のせいで、手紙のやりとりをしてる子ども達が少なくなってる、となげくサンタ・
クロース。ゴブリンとの一大合戦。
頼まれた品物も集めてあげられなかったことのおわび。
手紙を書くのはこれで最後になるけど、古い友達の名は忘れず彼らが大きくなって
自分の家と子ども達を持ったときに、また戻ってきたいと語るサンタ・クロース。
輪になって踊るサンタ・クロース、北極熊、雪ン子達の様子がほほえましいです。


最後の手紙を読むと、もうサンタ・クロースの手紙が必要でなくなるほど成長した
子ども達にホットすると同時に、もうこういう手紙が書けないことの一抹の寂しさ
を感じてる父親の様子がうかがえます。

この本は私も一冊手元に置いておきたくなりました。
図書館で借りて読んだので、これは購入することにしましょう。



posted by みどり at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 指輪物語周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月24日

「ロード・オブ・ザ・リングSEE版/旅の仲間・二つの塔」連続上映

映画「ロード・オブ・ザ・リングSEE版/旅の仲間・二つの塔」連続上映@東京・東劇
  監督:ピーター・ジャクソン 

2月20日(日)楽しみにしていた2作品連続上映、観てきました。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」3部作の内の1作目と2作目の劇場公開版に
未公開シーンを追加した版、スペシャル・エクステンデット・エディション(SEE版)の
上映です。

劇場公開版はどちらも、公開時に1回ずつ映画館で観ています。
DVDは劇場公開版とSEE版の2種類が発売されていて、私はどちらも購入して
ますので家のTVでは週に1度くらいは観ていました。
一度でいいからSEE版を大きなスクリーンで観てみたかったので今回の東劇での
上映を聞いて大喜びしました。

さんざん観ていて今更劇場で観るのがそんなにおもしろいの?と思われる方も
いるでしょうが、家でTVで観るのと劇場の大きなスクリーンと良い音響の中で
観るのでは全然印象が違うのです。少なくとも私はそう感じます。


今回は「旅の仲間」と「二つの塔」を別々の日に上映もしてたのですが私が行ったの
は1日で2作品一気に上映の日でした。なかなか時間のとれない私にとってはこの
方が観に行きやすく好都合でした。後は気力と体力の問題だけですから(^_^;)
全席指定で、1,2作で同じ席も取れたのですが少しだけ違う位置で観ることに
しました。
1作目は12時開映。2作目は4時20分開映。終映夜8時でした。
さすがに2作目を観てるとき、ちょっと気が遠くなったりして・・・・。

今回観に行って感じたのは、映像的には新しい発見はないもののやはり
迫力が全く違いました。
また音響的にはTVで観るのとは全く違うせいでしょう「あれ、この場面ではこの
音楽が流れてたっけ?」と改めて気が付く箇所がいくつもありました。


映画の内容の方は今更と言う感じもしますが簡単にご紹介しとておきます。
原作はイギリスの作家でオックスフォード大学の教授でもあったJ.R.R.トールキン
(John Ronald Reuel Tolkien 1892-1973)の書いたファンタジー小説
「指輪物語」(The Lord of The Rings)が原作です。

日本語訳が文庫本で全10巻、そのうち最後の1巻は追補編と名称の
作者が書いた解説書です。
原作が「旅の仲間」「二つの塔」「王の帰還」と言うタイトルで3部に別れています。
世界中にファンを持つこの作品は今までにも部分的にアニメ化やラジオドラマ化
をされていますがピーター・ジャクソン監督版が完全な映画化作品です。

映画版も原作に沿って3部作として作られました。

旅の仲間2旅の仲間1

1作目「旅の仲間」
遙かな昔、闇の冥王サウロンによって作られた指輪。それは世界を滅ぼす強大な
力を持っていた。サウロンは死んだと思われ指輪も長いこと行方不明になって
いたが、それは偶然にも善良な生き物ホビット族の手の中にあった。
サウロンは復活し、その指輪を取り戻そうとしていた。
邪悪な力を持つ指輪を処分できるのは指輪が作られた「滅びの山」へ投げ込むしか
ない。ポビット・人間・エルフ・ドワーフの9人の旅の仲間が結成され指輪を破棄する
旅がはじまったが、サウロンの放った追っ手によって旅の仲間は離散してしまう。
指輪所持者のフロドと従者サムは二人だけで指輪破棄の旅に向かいます。

二つの塔1二つの塔3

2作目「二つの塔」
物語は離ればなれになった旅の仲間の様子がそれぞれ三つに別れて進行します。
指輪所持者のフロドとサムの旅。フロドの親戚に当たるピピンとメリーの旅
王位の継承者人間のアラゴルンとエルフのレゴラス、ドワーフのギムリの旅。
かつては善の魔法使いだったサルマンは今やサウロンの部下となりはてていて
この世界・中つ国を支配しようと戦いを挑む。
戦闘場面も多く暗いイメージが強い映画となっています。



観に行った日はグッズの販売もあるかしらと少し早めに行きました。
11時半頃開場。
1・2作目公開時のパンフレットに載っていたグッズの販売もあり当時は興味が
なくて買わなかったのですが、今回は買ってしまいました。
もう売り切れでなくなっていたと思ってた品物ばかりです。
販売する方もデッドストックになりそうだったものを売り尽くす良い機会なのかもしれません。これはお互いうれしいことです。
何を買ったかというとテレホンカード・布製ポスター・ファイル付きミニポスターセット
・二つの塔のポストカードセットです(^_^;)
劇場公開版のパンフレットも販売されてましたが1作目はすでにうりきれになって
ました。

そうそう、3部作完結記念として劇場用プログラムを3冊収容できる専用ホルダー
が劇場限定販売されてたのでこちらもつい買ってしまいました。1000円。
限定販売と言う言葉に弱い私です・・・。
表は各キャラクターの写真付きで、中をひらくと各キャラクターの身長の比較表
がのってました。

最後に・・・・
劇場公開版は1作目の日本公開は2002年2月。公開時の邦題は「ロード・オブ・
ザ・リング」とだけで「旅の仲間」の文字は入っていません。
公開前のキャンペーンでフロド役のイライジャ・ウッドとアルウェン役のリヴ・タイラー
が来日しています。

2作目の日本公開は2003年2月。邦題は「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」
公開前のキャンペーンでアラゴルン役のヴィゴ・モーテンセンとエオメル役の
カール・アーバンが来日しています。

「王の帰還」SEE版は3月に入ってから観に行く予定です(^^)
posted by みどり at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月23日

アムネスティ主宰朗読劇「聞こえますか?彼女たちの声」

朗読劇「聞こえますか?彼女たちの声  A Women's Issue・・世界の片隅に
埋められた女たちの声を、詩人たちが綴る」 @新宿文化センター・小ホール
 主宰:社団法人アムネスティ・インターショナル日本
 出演:渡辺えり子・市川はるひ・一倉梨紗・友野富美子・西田夏奈子
    野口聖員・森川佳紀・若林 正
 構成・演出: 関根信一

2月19日(土)観に行ってきました。
友人のお誘いがなければ、そして渡辺えり子さんが出演されてなければ行かな
かった公演でした。

 A Women's Issue は人権擁護団体アムネスティ・インターショナルの「ストップ!
女性への暴力」のキャンペーンの一環としてアムネスティ・オランダ支部が編纂・
発行した詩集だそうです。
内容はドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)や地域の「伝統」の名の元に起こる
女性への殺害を含む暴力、軍と女性、生きるための希望と妥協など、さまざまな
視点で描かれてるそうです。

今回の公演は、この詩集から数編を選び朗読劇という形で、女性に対する暴力の
問題を表現しようとするもの。
日本に住んでると、こういう問題が世界のどこかでまだおこなわれてる、と言うこと
じたい知る機会がなかったのでその内容に驚きます。

今回の公演は前半は詩の朗読、後半は殺されかけたが生還した少女の手記を
元にした朗読劇と言う構成でした。


家でせっせと自分の服を作るため手縫いして夜更かししてたら両親に暴力を振る
われた少女。「お金の大切さ」をわからせるためと言う理由で。
夜更かししてたから?布や針や糸を使ってたから?
理由にならない理由で家庭内暴力の犠牲になる少女。

文字に書くのははずかしいですが、未だにアフリカの一部やその他の地域で当たり前
のようにおこなわれてることに女性性器の一部切除、縫合という恐ろしい習慣が
あるそうです。
伝統・慣習であり・女性の貞節を守るためと言うもっともらしい理由で続けられて
いてその地域に住んでると男性も、女性も疑問に思うことが無いらしいです。
しかしろくな設備も消毒もないままおこなわれるのでこれが原因で死亡することも
あり、これによって本来は喜びであるはずの結婚、出産が女性にとって苦痛と
恐怖のできごとになってしまってるのだそうです。
こんなバカげた悪習は是非ともなくなってほしいものです。

また、ある少女は未婚のまま妊娠したため、家の恥という理由で殺されかけます。
両親はこの少女を殺すことでその社会からは立派なことをしたとほめられるし、
逆にこの少女を殺さないとその社会には居られないのだそうです。
こんな社会が未だにあることが驚きです。
「生きながら火に焼かれて」はその悪習の犠牲になりながらも奇跡的に生還
したスアドという少女の手記で、今回はこれを元に朗読劇が作られました。

その朗読劇の内容のご紹介です。
中東シスヨルダンの小さな村。
スアドはまだ17歳。街から来た青年と恋に落ち、結婚するという約束を信じて
親密なおつきあいをし、やがて自分が妊娠してることに気が付きます。
青年に、早く自分の両親に結婚の申し込みをしてほしいと頼みますが青年は
返事を曖昧にしまま姿を消してしまいます。

その社会では未婚女性が妊娠するなど絶対あってはならないこと。
しかしお金のないスアドは家から逃げ出すこともできません。
お腹が大きくなってはためにも妊娠してることが隠しようが無くなると、両親は
スアドを家に閉じこめます。彼女は「家の恥」なのです。
ある日、スアドは自分の両親と姉の夫がスアドを「処分」する話をしてるのを
聞いてしまいます。

両親の外出中(これはスアド殺害の計画の一部)、姉の夫は何気ない様子でスアドを
外に連れ出すと彼女にガソリンをかけ火をつけます。狂ったように走るスアド。
通りかかった人が火を消し、スアドは病院に収容されますがこんな悪習のある
地域の病院なので大やけどをおった彼女に対してもろくな治療がされません。
看護婦も医師も悪しき慣習にとらわれているのです。
母親が一度病室にやって来ますが、彼女の快復を願ってではなく毒を飲ませるため
なのです。両親の願いはスアドが確実に死ぬこと。
そうしないと両親はその小さなコミュニティで暮らしていけなくなるのです。
スアドと同じ病室には、同じように火傷を負った少女が居ましたが、彼女は
やがて亡くなります。

お腹の子は未熟児として産まれますがどこかに連れて行かれます。
偶然にスアドは、別の地域からボランティアで来ていた女性に発見されます。
スアドを助けるためには外国の病院へ連れてゆくしかありませんがそれには
両親の「同意」が必要になります。
ボランティアの女性は辛抱強く両親と接して、スアドを確実に「死なせるため」
そして「二度とこの国に帰ってこないため」に外国に連れてゆくと約束し「同意」
を取り付けます。

かくしてスアドは外国で適切な治療を受け、何回もの整形手術を受け、子供も
里親の元で無事に養育されることとなったとか。
スアドも今では幸せな結婚をしているそうです。
生きながら焼かれた少女は、生還しこれによってこの社会の実態が暴露される
ことになったのです。

このようなことが起こる背景には根深い物があるようです。
こうした国々では現地の女性団体や人権団体が女性差別的な習慣について改善を
求める活動がおこなわれてるそうです。
何もできないでいる自分がもどかしくなりました・・・・。
posted by みどり at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ダンス・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月22日

「唐招提寺展」

「唐招提寺展」@東京国立博物館・平成館
〜3月6日(日)まで

2月19日(土)観てきました。
本当はとっても「ミュシャ展」が観たかったのですが、会期が先に終わってしまう
唐招提寺へ行くことにしました。

日本に正式の戒律を伝えるため12年にわたるさまざまな困難の据え日本に来た
中国の高僧鑑真和上(がんじんわじょう)により律宗の総本山として、創建された
のだそうです。(チラシの文そのまんまです)
日本に行こうとして6回失敗、7回目の成功・・・というのは歴史の教科書にも
載っていたけど実は6回の内、2回は計画中に失敗したのだそうです。
何だそうことだったのかと思いました。計画を立てるだけでも大変だったのかも
しれないけど・・・・。
日本に着いたのは西暦753年、鑑真66歳の時だったそうな。

ところで「和上」ってどういう意味なのかと思ったら、手持ちの本を見ると・・・
本来は受戒の師などの意味で僧侶の官位名となり、さらに高僧の尊称に使われ、
住職以上の僧を表すのだそうです。
律宗は和上、真言・法相は和尚(わじょう)、華厳・天台は和尚(わしょう)、
禅・浄土宗は和尚(おしょう)と言うそうです。



奈良県にある唐招提寺金堂の平成大修理を記念しての今回の展示。
詰まるところ、修理のため仏像達を移動させなければならない。
それなら貸し出しすれば置く場所の心配ないし・・・ということでしょう。

東京で居ながらにして8世紀に作られたというご本尊様、盧舎那仏(るしゃなぶつ)
座像を観られるんですからやはり見逃すのはもったいない。
私的にはご本尊様を中心にして配置された梵天(ぼんてん)・帝釈天(たいしゃく
てん)立像と四天王(してんのう)立像の躍動感あるお姿を観られたのが興味
深かったです。

会場ではCGによって再現された唐招提寺の建築を大きなスクリーンで
観ることができ迫力ある映像が体感できます。
時間は10分ぐらいだったでしょうか、おもしろくてつい何度でも観たくなります。

さらに会場では鑑真和上座像が安置された御影堂(みえいどう)内部を再現して
見せてくれてます。(座像は8世紀頃作られた物だそうです)
日本画家、東山魁夷(ひがしやまかいい)画伯による絵がすばらしいです。
まず最初に目にするのは襖絵なのですが、並のふすまの倍ぐらいの横幅が
あります。
鑑真和上が長年あこがれた日本。その日本の海を描いた「濤声(とうせい)」は
描かれた大きな波に目をやると視線は自然に静かな砂浜へと流れてゆきます。
穏やかな波音が聞こえ、潮風まで感じられそうです。

この海が描かれた裏側に描かれてるのは和上の故郷、中国の風景が
水墨画で表現されています。こちらも静かな風景。
どこか枯れた感じがするのはやはり故郷を捨ててきた、ということを東山画伯が
考慮してのことでしょうか。

障壁画とそれに続く違い棚への絵は、東山画伯の作品ではよく目にする霧に
包まれたような深緑の森林風景。天袋の小さな空間に描かれた翼広げて飛ぶ一羽の鳥。
これはホトトギスらしいです。青のグラデーションだけで表現されてます。
CGで紹介されてた解説によると和上の亡くなった初夏をイメージさせるものらしい。

見回してみるといくつも描かれた風景の中で生き物はこの鳥だけ。
だけど不思議なことに寂しい感じはまったくありません。
東山画伯の描く森林、海、そして深い森と山の向こうに垣間見える滝を観てると
なんだか「生命」が感じられるのです。
静かにうずまいてるエネルギーのきらめき。
これが御影堂の内部。いいですね・・・。

鑑真和上座像が安置されてる厨子は内部が見えるように別に展示されてました。
この内部に描かれた絵は障壁画や襖絵との穏やかな絵とはうってかわって
油絵のようにタッチの粗い絵。
千年を経た座像と直接組ませる絵なわけですから、それなりに力を入れた結果
なのかもしれません。

会場内で東山画伯の絵はがきも売ってたので思わず買いそうになりましたが
よく見れば一番気に入ったあのホトトギスの絵が入ってない(T.T)
買うのは止めて、もう一度実物をしっかりと目に焼き付けるため観に戻りました。

次回「踊るサチュロス展」観るつもりです。
posted by みどり at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・展覧会・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

水と油公演「移動の法則」

水と油公演「移動の法則」@東京・新国立劇場・小劇場
  作・演出:水と油    出演:じゅんじゅん(高橋淳)、おのでらん(小野寺修二)、                   ももこん(藤田桃子)、すがぽん(須賀令奈)

2月18日(金)観に行ってきました。
それにしてもあわてました。
就業時間すぎてもなかなか終わらない仕事。ぎりぎりまでやるけど後は人にお願い
して職場を飛び出る。(もちろんできるときは残業だってやります)
最寄りの新宿線・小川町駅から電車に乗れば劇場のある初台駅へは一本で行ける
・・・・はずだったのに電車が止まってる!押上・新宿駅間が不通ですと。
あせりながら頭の中で別の最短ルートを検索し、丸の内線で新宿駅まで行って
そこで京王線に乗り換え、初台駅へ向かうことにしました。
7時の開演時間にはとても間に合わないけどしかたありません。

初台駅に7時10頃到着。
開演時間を遅らせてくれてることを祈りつつ地下にある駅から劇場へダッシュ。
同じように走ってる人達がいて、地上への階段を駆け上がって行くのを見たけど
小劇場は地下にあるから、途中の脇から直接劇場へ向かえる通路があります。
私はこっちのルートをとって劇場入り口へ。先ほどの人達は案の定あとからやって
来ました。
ありがたいことに開演時間を15分遅らせてくれてたので、最初から観ることが
できました。

水と油。男性三人、女性一人のパントマイム集団です。
彼らを見るまでは、パントマイムと言ったらマルセル・マルソーをTVで観たことが
あるくらいでした。もっとも今でも他のグループは見たことないのですが。

パントマイムの定義がイマイチわからないのですが、彼らの公演は動きだけで、
全くセリフ無しで物語の一部をみせたり、ある情景を見せたりします。
これだけじゃなんだかわからないでしょうが・・・(^_^;)
初めて彼らを観たのは2001年3月の東京グローブ座での公演「不時着」でした。
その前の年に「東京都千年文化芸術祭優秀作品賞」を受賞したときき
どんなことやってる人達なんだろうかと、興味を持ったのです。

びっくりしました。彼らは私がそれまで見たこともないことをやってましたから。
彼らが動き出すと、舞台上の空間が上下左右までシャッフルされて見えてくる
観客から見える空間の視点くるくる変わる。
鳥瞰図のように上から見たような情景まで見せてしまう。
彼らの公演はダンスの要素も含まれていて、どこかおしゃれで、そしてちょっと
不条理な世界が展開される。
海外での公演も積極的にこなしそちらでも高い評価を得てるそうです。
2001年のエディンバラ・フェルティバル・フリンジでは「見えない男」がヘラルド
エンジェル賞を受賞。
目の離せないグループになり、毎公演観るようになりました。

そして今回の「移動の法則」です。
取り立てて一本の物語があるわけではありません。
白い衝立のような壁が置かれた舞台。
冒頭、舞台上で一人のビリヤードをやってる男がいる。別の男が現れ彼も
ビリヤードをやりだす。さらにカップルが現れ最初の男を翻弄する。
最初の男は白衣を着て、さっきまでビリヤード台だった台に向かってなにやら
書き物をしてる。別の男がやってきて白衣の男の前の椅子に座る。
診察をしだす白衣の男。
メンバーが動き出すと壁も移動させ、壁の前の椅子に座る男と壁に掛かった額を
見る女。いつのまにやら美術館の中のような空間出現。
くるくる変わる空間。くるくる変わる役柄。

彼らは舞台で立ってるとそれだけで姿がぴしっと決まってきれいです。
動きも切れがいい。メンバー4人の連係プレーが生み出す空間は独特です。
4人それぞれがもつ固有の空間が、連係プレーをすることでくっついたり
離れたりするわけですがこの感覚もまた小気味よい。
スピードとユーモアと不条理感。観ていて総てが心地よい。

今までの公演での配布物に書かれたことを総合すると、彼らの公演は役割としては
じゅんじゅんさんと、おのでらんさんの二人が考え構成することが多いらしいです。

私の表現力では彼らのおもしろさがお伝えできないのが残念です。
当日の配布物にかかれたじゅんじゅんさんのコメントが、今回の公演の内容を
うまく言い表してると思いました。
『移動のついての考察〜ノート〜問題は移動することじゃなくて、移動してることに
気づいてないことだ。』
ああ、なるほどなと思いました。

<追記>
私が初めて観た彼らのパフォーマンス「不時着」が4年ぶりに再演されるそうです。
5月26日から29日、東京グローブ座にて。これはうれしい!
チケット一般発売は3月19日だそうです。
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2005年02月19日

こまつ座公演「円生と志ん生」

こまつ座公演「円生と志ん生」@新宿・紀伊国屋ホール
  作:井上ひさし  演出:鵜山仁  ピアノ生演奏:朴勝哲(ぱく・すんつぉる)
  出演:辻萬長(つじかずなが)、角野卓造(かどのたくぞう)、ひらたよーこ、
      久世星佳(くぜせいか)、宮地雅子、神野三鈴(かんのみすず)

2月14日(月)観てきました。
タイトルは「えんなまとしんなま」ではなく「えんしょうとしんしょう」です、念のため(^_^;
井上ひさしさんの新作です。この方の書く話は好きなのですが、新作公演
となると心配になるのは初日の幕はちゃんと開くのか?と言うこと。
冗談抜きにしてこの方は、初日の幕が開かなかったことが何度もあるのです。
今回はその心配はなかったようで、めでたしめでたし・・・ではなくて、感想です。

円生と言ったら六代目三遊亭円生のことで、志ん生といったら五代目古今亭志ん生
という実在した噺(はなし)家さんのことです。
実在の円生さんの表記は「圓生」という旧字が正式です。昔の方ですから。
生の口演は聞いたことはないのですがお二人の噺は以前から大好きでした。
ラジオから録音したテープやCDで楽しんでます。
「ベリーベストオブ志ん生」なんてCDセットまで買い込んでまして(#^_^#)
実際のお二人の噺を聞いてみると、円生さんの噺はまじめで手堅く聞かせてくれる
感じ。志ん生さんはひょうひょうとして軽いけど根はまじめ・・・そんな気がします。

今回のお芝居は、実在したお二人がモデル。作者の井上さんもパンフレットで
はっきりそう書いてます。

<物語>
時代は昭和20年夏(1945年)の終戦後から22年春(1947年)まで。
満州の大連はソ連軍によって占領・封鎖され、多くの日本人が閉じこめられ日本に
帰れなくなってしまった。
この中に円生こと本名山崎松尾(辻萬長)と、志ん生こと美濃部孝蔵(角野卓造)
もいた。帰りたいけど帰れない。
食う寝るところ、住むところにも困る二人だが、志ん生は日本へ向かう船に乗れる
と言われてお金をダマしとられたり、円生は大連の劇場に俳優として出演して
少々はぶりがよくなったり、と波瀾万丈。でも日本に帰れない二人。
旅館の女将と女中達に世話になったり、迷惑がられたり。乳飲み子と離ればなれに
なる母親達と出会ったり、女だけの修道院の屋上に住みついてキリストとその弟子
に間違われたり・・・。



円生役の辻さんと、志ん生役の角野さん以外は出演者は女性4人だけ。
この4人が場面場面でいろいろな役になって登場します。
6人ともベテラン揃いで安心してみていられます。
女性陣の中で一番注目してたのは宮地雅子さんでした。好きな方ですが個性も
強い方なのでお芝居によっては、変に目立ちすぎるときもあり今回はどうかなと
心配してたのですが、その心配不要でした。

修道院の屋上で居座らせてもらってる志ん生。
着る物が無くてボロ切れをまとってる志ん生と、ぱりっとした白いスーツを着た
円生はそれだけでもおかしいけど、二人のやりとりをみて復活されたキリスト様と
お弟子さまだわと喜ぶ修道女達のようすは素直に笑えます。

所々にピアノの生演奏で楽しい歌も入り、笑って楽しめるお芝居です。
こまつ座は時々こうやってピアノ生演奏が入ることがあるのですが
演奏はいつも朴勝哲さん。今回はなかったけど一つが二つセリフをじゃべる
こともあり、私はちょっとだけ朴さんのファンです(^^)

残念なのはこの物語の中の円生と志ん生がその後、日本に帰ってどうなるのか
そのあたりのことが全く語られてなく、暗示されてもいないので、なんだかラストで
プツンときれてそれまでのお楽しみが断ち切られたような感覚がありました。
ラストで終演は当たり前なのですが。
終わった後でも、多くの観客はさらにその後の二人のことを知っているわけで、その
私達の知ってる噺家の二人と舞台上の二人がリンクしてこない。
つながりが感じさせることができていたら、今回の公演もっと味わい深い物に
なったのではと思いました。

井上ひさしさんは、戦争のことを後世に伝えたいという思いがあるようです。
笑いの中に、ときどきひやりと冷たい物を感じるのはそのせいかもしれません。
posted by みどり at 01:26| Comment(0) | TrackBack(2) | 演劇・ダンス・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

「デモクラシー」

「デモクラシー」@東京・シアター1010(しあたーせんじゅ)
  作・マイケル・フレイン 演出:ポール・ミラー
  出演:市村正親、加賀丈史、近藤芳正、今井朋彦、加藤満、小林正宏
      石川禅、温水洋一、三浦浩一、藤木考、

2月12日(土)観に行ってきました。
場所は北千住(きたせんじゅ)に去年できた「0101」でおなじみのデパートの丸井。
さらにその中にできた劇場・シアター1010(せんじゅ)です。
劇場があるのは11階。10階にあればこのしゃれ完璧たっだのに(^.^)

「デモクラシー」・・・・はずかしいけど、白状します。
話が全然分かりませんでしたm(__)m

市村正親さんと加賀丈史さんの、26年ぶりの共演。これだけでも話題性たっぷりで
私もお芝居の内容がどうのということより、お二人見たさにチケットを購入しました。

チラシを見ればもちろんお芝居の内容は書けます。ちょっとご紹介です。
ニューヨーク、ロンドンで大ヒットしたそうです。
2004年度英国ローレンス・オリビィェ賞、ベスト・ニュー・プレイ賞ノミネート。

実在した元西ドイツ首相ヴィリー・ブラント。彼が失脚するきっかけとなったのは
公私にわたり行動を共にしてきた秘書のギュンター・ギョームの存在。
信頼を置いていた彼は、実は東側のスパイだった。
この史実を元に描かれたお芝居です。

今回はブラント役に加賀丈史さん、ギョーム役に市村正親さん、ほかにも
いい役者さん達がそろいました。
ポリプロ創業45周年記念だそうで、公演日程も、東京だけで今回のシアター1010
をかわきりに青山劇場、ル・テアトル銀座、その後地方公演がつづきポリプロさん
そうとう熱をいれてます。

しかし、このお話しあらかじめ歴史的背景とか人物関係とかが頭に入ってない
かったので物語がさっぱりわかりませんでした。
私はいつも、これから自分が見る・読むつもりの映画・演劇・本がある時は
あらかじめ他の方の意見・感想とかは極力見ない・読まないことにしています。
なるべく新鮮な気持ちで作品と接したいからなのですが、今回はそれが
裏目に出てしまったようです。

今回のお芝居で市村さんは、舞台上にほぼ出ずっぱり。ものすごく演技に
熱がこもってるのが感じられました。
いかんせん、登場人物達の口から次々出てくるセリフが私の頭を素通りしてしまう。

普通はセリフが頭に入ってくるとだんだんと物語が頭の中に構築されてくるのに
今回はセリフが頭の中で散らばったまま。
ジグゾーパズルのピースがどんどん渡されてるのに全然形が見えてこない(T.T)
どうしたんだ???・・・・状態でした。

あらかじめチラシとパンフしっかり見ておけば?ってご意見もあるでしょうが、
それはなんか変ではないでしょうか。

日本ではあまりなじみのないドイツが舞台の物語。しかも政治がらみ。
帰りの電車の中でも、ネット上で感想を書き込むところでも「わからない」
と言う声続出なのですから、私の、そして一部の人の頭の悪さの問題ではないと
思うのです。
今回は、日本版上演であると言うことを考慮して冒頭にもっとはっきり・詳しく、
その時代の状況説明を入れる演出も考えるべきではなかったのかなと思いました。
ギュンターに冒頭で一気に語らせるという手もあったと思いました。

お芝居のわからなさは、公演する側もわかっていたようでパンフレットには
人物相関図や、「第二次に世界大戦後から壁の崩壊まで」なんて解説まで
のってます。後からこれを読んでもねえ・・・(^_^;
普通の人は、お芝居観る前にこういうのをじっくりとは読まないでしょうが
これから観る方は、これをちゃんと読んでおくことをお勧めします。
楽しめないとチケット代もったいないですから。

パンフを見ていて、日本から消えていた役者さんの消息を知りました。
劇団ロマンチカにいた「原サチコ」さんのことです。
同性からみても、美人でとてもかわいらしい方でした。
ドイツ人と結婚して、すでに赤ちゃんもできドイツへ行った・・・といのは
演劇雑誌に書いてあったので知ってましたが、2004年からウィーンの
ブルク劇場でアジア人として初めての専属俳優となった、とは初めて知りました。

原さんは一時、出演者は女性だけの「オプチカルマリンカ」という劇団を主催されて
2,3回公演もしていました。
原さんの劇団ということで人気があったようで小さな劇場旧・ディプラッツでぎゅう
ぎゅう詰めになって、私も一度だけ観にいったことがありました。
この活動の後で、ご結婚されたようです。




<追記>
劇団・ロマンチカについて少々。
1980年代後半から90年代半ばまでは活発に公演をしていました。
解散したわけではないようですが最近の活動を私もよく知りません。
劇団としての公演はしていないようです。
私が最初に観たのは、東京芸術劇場・小劇場ホールの開場記念公演の
「カリギュラ」でした。最後に見たのは96年シアタープルでの公演、マルキド・
サドの小説をもとにした「悪徳の栄え 美徳の不幸」でした。

作・演出の林巻子は物語より形式的な美を重視してたようです。
雰囲気は少々エロチック。健康的、あるいはこびるようなエロではなく、突き放す
ような冷たい感じのエロでした。

posted by みどり at 02:57| Comment(0) | TrackBack(1) | 演劇・ダンス・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月15日

「パイプオルガン・ガラ・コンサート」

パイプオルガン

「パイプオルガン・ガラ・コンサート」@ミューザ川崎・シンフォニーホール
  ホールアドバイザー・松居直美 企画

2月11日(金)行って来ました。
10人のオルガニストによる演奏会。午後1時半開演、終演予定午後8時という
観客にとってはまるでトライアスロンみたいなコンサート。
去年できたという、会場のミューザ川崎へ行くのは初めて。川崎駅で下車するのも
たしか十数年ぶりのことでした。

当日はまず渋谷のロゴスギャラリーへ寄って「ムットーニの部屋」の上演会の
整理券をもらってきました。
川崎駅へ着いたのは11時40分頃。会場は駅のすぐそばだし、開場時間の1時
までには時間がありすぎ。さて、どうやって時間をつぶそうか・・・と、悩みましたが
せっかくだから川崎大師へ行ってみようと思い立ちました。
大師線に乗り換えて、川崎大師駅下車で、駅から結構離れてたな・・・と、頭の中
から以前行った古い記憶を引っ張り出し、今度は逆に1時間で行って帰って
こられるか?と心配になりましたが、往復ほとんど小走りでいってお参りして
来ました。いやー、行かれてよかったです(^.^)

川崎駅と、駅周辺昔に比べてすいぶんきれいになってるのでびっくりしました。

さて、今回のコンサートチラシいわく「ミューザ川崎のオルガンの表情が、力が、
可能性が、限りなく引き出されてる百花繚乱のプログラム」
チラシの写真がこれまたいいです。文に写真にもそそられました。

初めていくホール、初めて聞くパイプオルガン、いろんな曲が聴ける良い機会。
そして何よりも、私が今回行くことに決めた一番の理由は演奏者の中に
鈴木雅明さんがいたことでした。
東京・赤坂のサントリーホールで行われている「パイプオルガンレクチャー
コンサート」で司会・解説をされてる方で、オルガン奏者で東京芸術大学の教授。
レクチャーコンサートは私も何度か足を運んでいましたが、この方の演奏は聴いた
ことがなかったので一度聴いてみたいと思ってました。
今回料金がS席4500円、A席3800円とお手頃価格なのもいい。
私はA席、4階席を買いました(^_^;

シンフォニーホールに入るとロビーに岡本太郎さんのタイル画の作品があって
思わず見とれてしまいました。

この日のオルガニストは演奏順に水野均、青田絹江、荻野由美子、三浦はつみ、
今井奈緒子、井上圭子、松居直美、早島万紀子、久保紀子、鈴木雅明。
お客さんの入りは8,9割と言ったとこでしょうか。

約2時間ごとに20分休憩が2回入りました。
4階席とはいっても、とてもきれいに音が聞こえました。
(年末に聴きに行った、東京芸術劇場のパイプオルガンの音とは全然違う・・・)

曲名をあげるだけでも大変なので、省略しますがJ.S.バッハの演奏曲とフーガ
イ短調BWV543にはじまり、J.S.バッハの前奏曲とフーガホ短調BWV548
で終わったコンサートでした。
つまりクラシックのいかにも荘厳なパイプオルガン曲と言う感じの曲で始まり、
締めくくった内容となりました。

約8時間のコンサートなんてきっと途中で飽きてしまう・・・と思ったのですが、
なかなかどうしてクラシックから、クラシック風の近年の曲、親しみやすいポピュラー
音楽風、バリバリの現代音楽もあり、バラエティーにとんでいて全く飽きませんで
した。

思わぬ拾い物をした気分だったのは井上圭子さんの弾かれた、W.S.ロイド・
ウェッバー(当日配布のパンフレットの表記より)作曲の「5つのポートレイトより・
おとぎ話・バレエのワルツ・ロマンス」が聞けたことです。
「キャッツ」「オペラ座の怪人」などで有名なアンドリュー・ロイド・ウェバーの
お父さんです。
優しく親しみやすい曲で、気のせいなのか父子のつむぎ出すメロディーは
どこかにてる感じがしました。

不協和音の連続のいかにも現代音楽、と言う曲は聴いてるとちょっと疲れます。
早島万紀子さんの弾かれたJ.L.フローレンツの「賛歌ロード Op.5」とか
久保紀子さんの弾かれた下山一二三の「オルガンのための情景」は私にとっては
斬新すぎて聴いてるのがつらかったです(__;)
演奏者の方、こういう曲を毎日何時間も練習するは神経が持たないのではないか、と
心配になるのですがどうなんでしょう。

今回演奏は、三浦はつみさん、井上圭子さんのお二人だけオルガン本体から離れ
て下の舞台上に置かれた演奏台で演奏されてました。

ところで、このホールのオルガンはスイスのクーン社で設計・製作された物だそうで
いったんバラしてから船に乗って2004年3月日本に到着。
それから組み立てられ5月に設置完成したそうです。

3月19日(土)にはベルンハルト・ハースさんという方のパイプオルガンリサイタル
があるそうで、こちらもちょっとひかれるものがあります。

posted by みどり at 01:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽・コンサート・オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月13日

映画「オペラ座の怪人」

オペラ座2


映画「オペラ座の怪人」@VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ
  製作・作曲・脚本:アンドリュー・ロイド・ウェバー 
  監督・脚本:ジョエル・マッカーシー   原作:ガストン・ルルー
  出演:ジェラルド・バトラー(ファントム)、エミー・ロッサム(クリスティーヌ)、他
 

ところで2月11日の「ムットーニの部屋」の初日、渋谷ロゴスギャラリーへ行って
上演会の整理券をもらってきました。
展示されてた作品の中に期待したCDはなくてちょっと残念。
10時開店で10時半頃行ったので、ひょっとすると全部の作品が展示されて
無かったのかもしれませんが。
それにしても開店したばかりですでに4,50万円もする自動人形の一つがすでに
売約済みになってるのに驚きました。なぜなら、今回の展示会最初の上演会は
この後の午後2時からなので、これを購入した人はこの作品が動いてるところを
まだ見てないはずだからです。
待ってたら他の人に買われてしまう、と思ってのことでしょう。
気持ちはよくわかります!よほどのファンの方でしょう。

「オペラ座の怪人」2月9日(水)観てきました。
フランスの作家、ガストン・ルルーの原作が発表したのは1911年だそうです。
この作品はたちまち多くの人の心をつかんだようで、映画化、舞台化、TVドラマ化
が何度もされています。

<物語>
1870年代のパリ、オペラ座。ここは新しい二人の支配人に変わったばかりだった。
プリマドンナのカルロッタ(ミニー・ドライバァー)が降板した代役として、舞台に
立ったのは踊り子のクリスティーヌ・ダーエ(エミー・ロッサム)。
その素晴らしい歌声はたちまち多くの観客を魅了。
彼女は、亡くなった父親が送ってくれた「音楽の天使」だと信じる謎の人物から
毎日歌のレッスンを受けていたのだった。
「音楽の天使」は、じつはオペラ座の地下深くに潜み仮面をかぶる謎の
怪人・ファントム(ジェラルド・バトラー)だった。
クリスティーヌは幼なじみのラウル(パトリック・ウィルソン)と再会。

その頃、オペラ座の二人の支配人はファントムからの手紙を受け取る。
「私」のサラリーの支払いがまだである、との催促。カルロッタを首にして次回の
公演の主役にクリスティーヌ・ダーを据えること、5番のボックス席は「私」の席で
あるから開けておくようにとの要求。
支配人達はこれらを無視したため、公演中の舞台に大事件がおきる。

始めはファントムにひかれていたクリスティーヌだったが、彼が非常に憎い容姿を
もち、殺人も平気で犯す犯罪者でもあることを知り恐ろしくなっていた。
ラウルと互いに愛し合うようになっていたクリスティーヌ。二人でここを逃げようとの
相談してるところを、ファントムは偶然見てしまう。
クリスティーヌに拒絶された、悲しさ・悔しさから二人に復讐しようとするファントム。
クリスティーヌ、ファントム、ラウルのそれぞれの運命は・・・。



私も何バージョンか観ていますが、一番最初に知ったのは子供の頃TVで観た
アメリカ映画で、1950年代か60年代に作られた作品のようでした。
これは内容がファントムの正体がクリスティーヌのながいこと行方不明になっていた
父親、と言う設定でした。
だから「オペラ座の怪人」は長いことそういう物語と思いこんでました(^_^;

これ以外に観たのは、映画版では1925年版のロン・チャニー主演版の
モノクロの無声映画「オペラの怪人」で当時の邦題は「座」が抜けてます。
この映画は仮面舞踏会シーンのみ、当時は大変高価だったカラーフィルムが使用
されてます。今観ると少し色あせた感じですが、当時の人は驚いたろうと思います。
他にロックミュージカル映画版の「ファントム・オブ・ザ・パラダイス」、監督名も忘
ましたが1990年代に作られた映画版「オペラ座の怪人」

舞台版ではアンドリュー・ロイド・ウェバー版、既成のクラシック音楽を使った
ミュージカルのケン・ヒル版「オペラ座の怪人」、2004年に上演された宝塚歌劇版
の「ファントム」。
変わった所では劇団花組芝居版の「歌舞伎座の怪人」と、いうのがありますが
かなり独自のアレンジをしてるので「オペラ座の怪人」とはほとんど別物と言って
いいかと思います。
私が観たのだけでも7種類。今回入れると8種類。我ながらちょっとびっくりです。

もちろん原作も読みました。書かれてからまもなく一世紀たちますから古さは感じ
ましたが、その古さが今ではかえって耽美な雰囲気を醸し出してると思いました。
やはり一番好きなのはアンドリュー・ロイド・ウェバー版ミュージカルです。
劇団四季の上演で最初に観たのはファントム役が市村正親(いちむらまさちか)
さんでした。


今回の映画の感想です。
冒頭の1919年の古ぼけ、朽ち果てたようなオペラ座でのオークション場面で
オルゴールがロイド・ウェバー版でおなじみのメロディーを奏でると映像はたちまち
1870年代オペラ座の活気あふれる舞台裏の情景に変わって行きます。
これはミュージカル版(以下、ミュージカル版・舞台版と言ったらロイド・ウェバー版の
ことです)そのまま生かした、そして映像ならではのなめらかで壮大な表現。
しかも音楽は深みのあるフルオーケストラバージョン。
ミュージカル版の大ファンである私はこのシーンだけで、うれしくなってゾクゾク
してくるくらいでした。
このすぐ後に続く、クリスティーヌの歌うアリアは舞台版ではエジプト風(?)の
オリエンタルな衣装なのですが映画版では真っ白なドレスに、髪には星形の
アクセサリー。まるでオーストリア皇后エリザベートのようなスタイルでした(^_^;

映画版はミュージカル版の歌やセリフをほぼそのままに使って進行します。
ミュージカルと言ってもいろいろあって、ほとんど普通のセリフばかりの芝居の中に
2,3曲歌を入れてるだけのもあれば、普通のセリフはほとんどなくほぼ全編歌で
構成された物もあります。
後者の代表がロイド・ウェバー版「オペラ座の怪人」です。

ロイド・ウェバー版の魅力は、どの曲も口ずさみたくなるきれいなメロディーばかりで
あることと、劇中劇としてオペラの場面が3作も登場するため、観客はミュージカル
を観に行っただけでなく格調高いオペラも味わったような気分に浸れる点に
あると思います。
もちろんファントムという謎めいた人物も魅力的です。

今回の映画版はミュージカル版をそっくり映像化するのが目的だったようなので
ほぼ全編歌。ミュージカル版を知らない人はびっくりするようです。

ファントムがクリスティーヌを地下の世界へ導いてゆくシーンは舞台版でもめくるめく
ように美しい場面が展開してゆく全編通じて一番の見せ場ですが、映画版もこの
シーンがもっともすばらしいです。
このシーンはすでに映画化第1作目の1925年版映画「オペラの怪人」にも出て
きます。古い映画なので表現は単純ですが今回の映画版、舞台版の原典が
この1925年版映画だと私には思えました。

薄暗い地下道から、ファントムのすむ幻想的な世界へ。
観てる方もスクリーンの中、物語の中に吸い込まれてゆくような感じを覚えました。

仮面舞踏会シーンは美術・衣装・ダンス、総てがとても美しいです。
よく見れば色彩は黒系・茶色系で統一されて色調・彩度は押さえられていますが
かえって気品が感じられます。
この場面はファントムは真っ赤な衣装、クリスティーヌはピンクの衣装なので二人を
際だたせる意味もあったようです。

前半までは私も大満足だったのですが、後半になってちょっとこれは違うな、と
思いました。
ファントム、その人物像の描き方に少々不満を感じたのです。

(この後は、特に原作のネタバレになりますのでご注意ください)

映画ではファントムについての説明を昔、見せ物小屋にいた、とは語られていて
実際そのシーンも出てきますがそれだけになってます。
謎の人物ファントムの説明がこれだけとは、もったいなさすぎます。

原作では最後の方で、ファントムの過去がはっきりとあかされています。
醜い容姿から両親からも疎まれ、そのため幼少時に家出。
その後は見せ物小屋にいて、ヨーロッパ中を回りジプシー達から芸人と魔術師と
しての教育をうけ、すでに素晴らしい歌の才能も発揮させていた。
あちこちを回るうちに、かなり多くの悪事も犯してきた。
彼はペルシャの皇帝につかえていたこともあったが、多くのことを知りすぎたために
身の危険を感じて逃げだす。
建築の才能もあったファントムは静かな生活をしたいと思い、建築の請負業者と
なりオペラ座の基礎工事を若干請け負うことになる。
ファントムがオペラ座の地下で生活してるのはこの辺の事情からです。

ミュージカル版でもそのこと(ペルシャの皇帝に使えていたこと)はほんの少し
ふれられているので、その分ファントムと言う人物に深みが出てると思いました。
今回の映画版はこのあたりのことをばっさり切ってるので私には彼の人物像が
とても薄っぺらにしか見えてこなかったのです。

ゆえにファントムがクリスティーヌをほしがってるだけの
わがまま男にしかみえてこなくて、これではちょっと・・・・と、思ったのでした。
ミュージカル版ほどには、今回の映画版のファントムに魅力を感じませんでした。
映画版のファントムはわかりやすい、と言う声も聞くのでこれはあくまでも私の
個人的な好みの問題なのかもしれませんね。

それでも、今回の映画は「オペラ座の怪人」という魅力ある物語、そして
ミュージカルという舞台表現への入門編として多くの人にお勧めしたい作品です。

posted by みどり at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする